昨日は午後から東京に行きました。新緑が眩い東京は、初夏の風情です。一部に雪が残り花が咲き始めた新甲子温泉で、春の訪れを感じるようになったのとは明らかに季節が異なります。東京までは国道4号線を使っても約4時間の距離ですが、季節を行き来できることは多拠点居住の魅力なのでしょう。同様に標高800mの新甲子温泉と300mの白河市街地では、わずか20分の移動距離で桜を長く楽しむことができます。新甲子温泉付近での桜の季節はこれからです。
年: 2017年
素朴な贅沢
昨日は白河に出る途中の道沿いで桜を見ました。東京の花見とは違い、日曜日なのにどこも空いていて人がいないのは地方都市の良さです。夕食は、那須連山に沈む夕日を見ながら外で食べました。朝食やティーブレイクも含め三度の食事やお茶を外でしました。夕方は風が吹くと寒いのですが、こんな大自然の森に囲まれているのですから、外で食事をしない手はありません。足元では阿武隈源流が轟々と流れ、頭上でさえずる小鳥に呼応して遠くから同じさえずりが聞こえてきます。大きな倒木を背もたれにして、沈む夕日を見ながらの夕食は素朴な贅沢です。ハワイのホテルなどにはかなわないかもしれませんが、日常の一部にこうした時間を持てることは、都会暮らしの長いぼくにとっては夢の生活です。
コンビニの朝食なのに幸せ

今朝の新甲子温泉の気温は3度、少し標高の高い甲子トンネルで0度ですが風もなく寒くは感じません。この季節はたまにこたつをつける程度でヒーターを入れることはありません。今朝は会津下郷に行きました。湯野上温泉駅の桜はまだ二分咲き程度で連休中は人で込み合うことでしょう。帰りに八幡のケヤキ(下郷町中山の大ケヤキ)を見ました。樹齢950年、樹高36メートル、胸高周囲1,200cmのケヤキの巨樹です。若松城下から下野(栃木県)今市に抜け、今は通る車も少ない下野街道沿いにあります。
朝食は一人きりになれる阿武隈源流をはるか足元に見下ろす絶壁の上で食べました。宿の回りにはお気に入りの場所がいくつかありますが、ブナの大木と四方を山に囲まれたちょうど一人が座れる落ち葉のソファは一番のお気に入りの場所です。足元から阿武隈源流の流れが轟々と音を響かせるこの場所は何とも落ち着きます。朝コンビニで買ったサンドイッチですが、どんな朝食よりも贅沢で幸せな気分になれます。もう少し暖かくなったらここでパソコン仕事でもしたいと思います。
あっという間に一日が過ぎる巨岩

養生園から帰って以来視点が変わり、マルセル・プルースト(Marcel Proust)の言う通り「新しい目で見ること」ができるようになりました。自分の足元に広がる小宇宙に目が行くようになると、これまで見えなかった景色が見えてきます。爪の先ほどの小さな草花が愛おしく感じられます。
雪が消えると屋外でのティーブレイクや朝食など楽しみが増えます。写真はトレイルから外れる場所ですが、源流に突き出したお気に入りの巨岩です。天然のベンチになっていて、この岩に腰かけ阿武隈源流の流れを眺めていると、あっという間に一日が過ぎてしまいそうです。
本当の自分に戻れる場所

穂高養生園に2泊して、雑音にかき消され本当に自分がやりたいことを見失っていたことに気づかされました。養生園はストイックでスパルタンなために、僕と波長の合わない人には勧めませんが、本当の自分に戻れる場所です。そして何が一番大切なのかがわかる場所です。これがリゾートのあり方なのでしょう。
フランスの作家マルセル・プルースト(Marcel Proust)は旅の真髄について「新しい景色を探すことではなく、新しい目で見ることなのだ」と述べています。2泊の養生園滞在で視点が変わり、自分の足元に広がる小宇宙に目が行くようになりました。スーパーに行かずとも山には食べ物が豊富にあることを知りました。今日の朝食は養生園のお土産のふき味噌のスコーンを阿武隈源流で食べました。フキノトウは宿の回りの至るところに自生していますし、ゆきのしたやつくしなど食べ物は自分の足元に豊富にあります。
僕もそんな気づきを得られる宿を作りたいと思います。
悩みが人生に彩りをそえる

昨夜も穂高養生園に宿泊しました。来訪の目的は、最大の課題である料理のコンセプトを固めることです。この施設に来ると、自分本来のあるべき状態に戻ることができます。これこそが私が宿で目指していることです。現実の問題に頭を悩ますうちに遠ざかってしまった、心の奥底からやりたいことが何かを明確にしてくれます。目の前の現実と理想との間を行ったり来たりする日々ですが、そうした悩みが人生における生きがいや働きがいに彩りをそえてくれるのだと思います。
湧水の清流が流れる桜満開の川岸で、ハーブティーのティーブレイクをしていると、何でもない日常にこそ、忘れてしまった贅沢があるのだと再認識します。私以外の同宿者はみな女性で、口々に「幸せ」を連発します。普段の満たされた暮らしのなかでは幸せを感じにくくなっているのかもしれません。
昨夜も布団一枚だけの寝具なのによく眠れました。布団に入った記憶もないほどあっという間に眠りにつき、夜中起きることもありません。食事、運動、回復が健康の要であり、乱れがちな日常生活をリセットできる魅力は、私が目指している宿の姿です。養生園がリピーターを引きつけているのは、一見スパルタンなセルフケアというコンセプトと米国のスパ的な洗練が融合しているからだと思います。
山ならではの贅沢

昨日は安曇野にある穂高養生園に来ました。この施設に通うようになり25年が経ち、その間に新棟が建つなど施設は洗練されていますが、この施設が持つ独特の空気は昔のままです。
テラスに出て初夏を思わせる森を抜ける気持ちの良い風に吹かれていると、自分が宿でやりたいことは「これなんだ」と思います。小川のせせらぎを聞きながらハーブティーを飲み読書をしていると、いつの間にか意識が遠ざかっていきます。副交感神経が優位になり、睡魔に身をゆだねウトウトするのも贅沢なひとときです。朝食は今朝の散歩で自分たちが摘んだ野草を天ぷらにしました。摘みたて野草の天ぷらは都会では食べられない山ならではの贅沢です。
河原に勝るカフェはない

連休前なので、昨日は雪の消えた阿武隈源流のトレイルで下草刈りをしました。太い笹でも根元に草刈り機の歯をうまくあてると低い回転数でも気持ち良く刈れます。気に入っている楢の大木の下の河原で持参したクッキーと紅茶で一息いれました。この贅沢な時間こそがこの場所が持つ価値で、ここに勝るカフェはないと思います。今の僕にあるのは事業資金枯渇への不安だけですが、阿武隈源流の豊かな流れが轟音とともにその不安を洗い流してくれるようです。
別に疲れるほど働いたわけではないのですが、那須湯本温泉の鹿の湯に行きました。高温浴槽の一見客は行動で分かるので皆が注目します。判でついたように同じリアクションをするからつい見てしまいます。浴室に何か所か貼り紙がしてあるのに先客が入っていても構わずに浴槽に入る。皆の白い視線を浴びてすぐに出るわけにもいかず1分ほど苦痛に表情をゆがめたあげく風呂から凄い勢いで飛び出る、というパターンです。48度の浴槽でこれをされると入っている人が火傷をしますので、咎める常連もいます。今日の48度の浴槽は47.6度、46度の浴槽は46.1度です。47度を超えると足が火傷したように痛いのですが、46度の浴槽は慣れると爽快です。
昨日はスカイランニング・トレイルランニングを通じた友人が那須岳の帰りに来てくれました。共通の趣味を持つ者として知人も少なくなく話しが尽きません。
春真っ盛りの白河

雪どけの沢音が日増しに高まる早春の新甲子温泉と春真っ盛りの白河は車ならわずか20分の距離です。気候の異なる二つの地域を短時間で行き来できることは12月から住んでいても不思議な感覚です。白河方面から上がって来る人も異口同音に気候の違いを口にします。
昨日は白河に二往復しましたが、それもさほど苦になりません。お城の桜はまだのようですが、樹齢400年とされる妙関寺の境内にある紅しだれ桜の「乙姫桜」は見頃を迎えていました。
上着二枚で過ごせる陽気に

雪がとけて宿の前を走る国道289号線でレジャーに向かう車の数も増えました。日帰り温泉にいらしていただける方や電話での問い合わせも増えています。ただ未だに運営体制が固まらず、来るもの拒まずの消極的な営業状態です。自分で料理を勉強する一方、料飲施設を運営してくれる人を探しています。
今朝は4時過ぎから剣桂神社に行き、阿武隈源流沿いのほとんど雪の消えた遊歩道を通って宿に戻ってきました。冬の間は4枚の重ね着をしていましたが、今朝は温泉で体が火照っていることもあり、上着2枚で外を歩けます。小鳥のさえずりが心地よい清々しい朝です。
途中で半分以上の根が宙に浮いた不思議な大木を見つけました。