昨日は草津の温浴施設に行きました。20代と思しき若者が顔にシャワーを当てるのが気持ち良いらしくしばらく独占し、浴用タオルを持たないので脱衣所の床を濡らし、3ヶ所の脱衣ロッカーを使い人目を憚らず音を出して動画を見て、広間ではあたりに荷物を広げ「極楽!」と言いながら大の字になって寝ています。傍目にも気持ちの良いものではありませんが、一方で自分を含む大人の多くが品性高潔な行いをしているわけではありません。極楽を求める構造は同じで、むしろ経済力を付けた結果その影響はより深刻だと思います。金にまかせて体の許容を超える暴飲暴食を繰り返し、環境負荷の高い浪費生活をしながらトランプのパリ協定離脱はけしからぬと騒ぐ小利口さを身に付けただけです。物欲を開放する生き方が奨励されるのは経済を活性化するからですが、エスカレートした消費欲は同時に失う恐怖を生み出し多くのものを抱え込み人生を厄介にします。アメリカでは50歳代以降に生涯自動車にかけるお金の多くを費やすという調査がありますが、人生を乱暴に生きるなら何気ない日常を省みる余裕がなくなり、大切なものを見失うのでしょう。
お知らせ
憧憬と郷愁の最後のエンジン車
日本のモータリゼーションの生き証人といえるクランの生産中止が噂されます。買った唯一の国産車は軽トラックですからクラウンを買いたいと思ったことはないのですが、日本を代表する一台を選べと言われたらその最右翼でしょう。国内市場を前提に作られ、今や日本人からみてもエキゾティシズムを覚える独自の世界観を作りあげていると思います。世界のスタンダードとして通用するGTRやジムニーとも、もちろんレクサスとも違う日本固有種ならではの静寂性と比類なき乗り心地は、似ているものを探すならかつてのセンチュリーや随分昔のプレジデントぐらいでしょうか。車に興味がない人が乗ってもそのただならぬ雰囲気を感じ取ることができるはずです。2030年代には内燃焼機関の販売が終わるとの物騒な話題が持ち上がり、最後に乗るエンジン車を一台選ぶなら、意外にもクラウンは選択肢に入るのかもしれません。日本が豊かになる過程の「いつかはクラウン」という憧憬と、青春と自動車が同義語だった世代の郷愁を同時に満たす車はクラウンをおいて他にはないかもしれません。
ろうそくで暮らしたい
地下居住を始めて7ヶ月が過ぎ、住宅としての地下利用のポテンシャルを感じます。夏涼しく冬温かいというのは住宅セールスの常套句ですが、半地下なら掛け値なしにそれが手に入ります。酷暑の東京でクーラーを使用したのは延べ数時間で扇風機があれば快適に過ごせるメリットは驚きでした。夏場の電気代は以前の半分か3分の1になり、12月に入っても暖房を使う必要はなくこのまま冬を過ごせそうです。最大のデメリットは陽が差し込まないことですが、駐車場により他の住戸の半分しかないドライエリアにも関わらず、吹き抜けから差し込む太陽光でも、日中は最小限の照明で過ごせます。逆に戸外からの視線が遮られる戸建て住宅以上の安心感はメリットです。日本の住宅の照明は常々明る過ぎると思っていて、最小限の照明器具に初めて来た人は暗いと言いますが、これは慣れの問題でしょう。人類の歴史の大半は日没後闇に包まれる暮らしですから、明るさに慣れた現代の生活こそが不自然で本当はろうそくで暮らしたいぐらいです。夜でも明るい生活は慢性的な浅い睡眠による深刻な健康問題を引き起こしていると思います。
出家していないだけの僧侶
人生の質を高める方法は欲望のコントロールにかかっていると思います。身近な欲求は金銭欲や食欲で、お金はいくらあっても困りませんし、それが選択肢を増やし人生を豊かにすると考えられます。同様に美食は人生の至上の喜びの一つだと思われがちですが、福も禍いも自分で招くものでしょう。欲と執着は生存本能ですが、脳の欲求と体全体の欲求が一致しないことに留意が必要で、歯止めがかからなくなるとトラブルを引き起こす原因になります。無批判に快楽に身を任せていると欲の本質について深く考えることはなくなり、天国のような生活が老後を地獄にする罠を忘れます。健康と時間の重要さに比べればお金や食事の優先順位は自ずと下がり、消費社会と適度な距離を保ち最小限で満たされることが幸せに近づく道だと思います。YouTuber、実業家でお笑いタレントの中田敦彦氏は、その華やかな成功とは裏腹に自身の生き方を「出家していないだけの僧侶」と表しますがそれは理想的なバランスに見えます。正気を取り戻す方法は内省の時間を持つことで、間欠的な断食や自然のもとに留まる時間を持つと俗っぽい欲望に身を委ねることがなくなると思います。
体を蝕む安楽な週末
週末は家族と温泉に行き晴天の伊豆をそれなりに満喫したのですが、その報いは普段より悪化するマンデーブルー、優れない体調と週始めから失われる気力として現れます。副交感神経が過剰優位となる快楽型の骨休めが健康にもたらす深刻な影響は、自律神経のメカニズムを知る人の間では自明のことですが、観光・宿泊産業にとっては不都合な真実でしょう。人体は文明生活とは真逆の耐乏環境に適合しており、進歩だと思ってきた安楽な生活は逆効果です。普段より豪華な食事をして温泉に入り波音を聞きながら眠りに落ちるような週末は、ドーパミン型報酬回路の罠と同様の即物的な快楽です。我慢も教養も不要のお金だけで得られる手軽なレジャーは圧倒的な人気ですし、誰しも自分の買い物を正当化したいのでそれがもたらす負の側面は見ないようにします。自分にとって体調を維持する過ごし方はほとんど食事を摂らず、ただひたすら体が疲れるまで山をめぐる内省の旅ですが、趣味嗜好は人それぞれに異なり最大公約数的に最後に落ち着くのは、結果的に体を蝕む安楽な週末なのでしょう。
役に立たないメディアと識者
トランプ大統領が行った感謝祭のスピーチは中継とともに23万いいねを集めましたが、同じ時間帯に行われたバイデンのオンラインスピーチのライブ視聴者は1,000人ほどだったと言います。旋風を起こした2008年のオバマでさえ、過去最多の6,949万票しか獲得できなかったのに、認知症のためか失言を繰り返し選挙集会への参加者もまばらで犯罪疑惑の絶えないバイデンが、建国243年で最多となる8,000万票を集めるなどありえないことは、トランプ陣営が提示する証拠を見るまでもなく気づくはずです。極端に左傾化したアメリカメディアは聖書級の訴訟が始まった今もバイデンに肩入れします。マスメディアを今でも盲信する日本の報道も同様で、トランプ再選の可能性を報じたのは夕刊フジなどごく一部に過ぎません。素直な人が多い日本の現状を見ていると、嘆かわしさや滑稽さではなく恐怖を感じます。この訴訟に決着がついたとき、肝心なときに役に立たないメディア、識者と呼ばれる人たちはどのように身を振るのでしょうか。
日本人の心配性が生んだ近代旅館
昨日は、予約が取りにくい国民宿舎としてかつては知られた伊豆まつざき荘に宿泊しました。自分一人なら半額ほどの値段で料理の評価が高い民宿を選びますが、そう頻繁にあるわけではない家族との旅行になると外さない選択が優先されます。薄い布団や接続が面倒なWi-Fi、一本しかない鍵など、明らかな不満はないが気も利かない印象で、それは松崎町が運営する公共の宿だからではなく、積極的に行く理由が見つからないことは日本の宿泊施設が抱える課題だと思います。どこに行っても予定調和で何が起こるか想像できることは市場の旅行経験が浅い時代には利点でした。急増した観光需要を満たすには、大量生産によるある種公共サービス的な施設の供給は必然で、最大公約数の無難な商品を、作り手も買い手も歓迎した結果、宿泊産業は日本固有種として形成されたのでしょう。今やエキゾティシズムさえ感じる近代的な旅館という一つの世界観の形成は、外したくないという日本人独特の心配性が温泉、食事、設備の三点セットを信仰の対象にしたことに起因するのかもしれません。
感染防止という錦の御旗
「我慢の三連休」が終わり何とか生きながらえた観光・飲食企業を「勝負の三週間」が襲い、にわかに浮上したGo To犯人説は東名阪と札幌を感染状況ステージ3に格上げしそうです。「判断」ではなく「考えだ」という不思議な結論は最大の書き入れ時を破壊しかねません。900万人を雇用する観光・飲食・運輸関連産業が被る被害の深刻さに多くの人は思い至らず騒ぎに加担します。戊辰戦争において新政府軍が掲げた錦の御旗に、幕府軍が動揺して敗走した心情を海外の人は理解できないと言います。さながら現代の錦の御旗は感染拡大防止という安心感でしょう。疑い深い自分などは、経済を破壊してでも社会を混乱させたい人がいると考えてしまいます。ただの風邪なら開発したワクチンが売れなくなります。LGBTや地球温暖化問題など正面から反対がしにくいポリティカル・コレクトネスを持ち出す人は、別の意図を持つか意図せず加担する情報弱者だと思います。昨年日本で出版されベストセラーとなったファクトフルネスが主張するように、嘘の多い社会で必要なことは情報を批判的に見ることではなく、自分自身の単純化本能や分断化本能を疑うことでしょう。
食事と運動は真逆の欲求
健康の三大要素である食事、運動、睡眠のうち食事と運動が大切で睡眠はその結果だと思います。食事は様々な研究から自然摂取より3、4割減らすことが有用とされます。運動は少なくてもやり過ぎても効果がなく、適度な運動が良いとされます。世間では一日1万歩を目安にしますが、積極的に健康になるには1週間あたり3,500kcalから6,000kcalのそれなりの運動量が必要だと考えています。食事と運動は真逆の欲求で、食事は「したい欲求」、運動は「したくない欲求」の克服にかかっています。本来の運動は人をフローに導く古代の記憶であり習慣化すればそのハードルは高くありませんが、問題なのは食事の「したい欲求」だと思います。食事の摂り方は色々なパターンを試しますが、気に入っているのは気持ちよく食事量を減らせる間欠的断食です。通常の食事と月2、3回の2日間の断食を循環させる方法により食欲が正気を取り戻し、欲求と体型維持を両立できます。断食中は積極的に運動をすることでミトコンドリアが活性化され、これこそが飢餓時代の生活パターンであり、人体の設計図は長らく続いたその状況に適合していると思います。
欲望がもたらす価値の割引率
火曜日に泊まった那須の温泉旅館は夕食、朝食ともに低価格の旅館にありがちなバイキング形式でした。旅館の仕入れをしていたので、並ぶ料理がどこから来たものか想像がつきます。観光地近くのスーパーでは5kgの米のような包装で半製品の惣菜や冷凍食品を売っていて、添加物も少なくないでしょうが調理に人手を割けない事業者にとっては便利です。選択肢があるなら避けたい添加物ですが、心配し始めると外食などできなくなり、他方でその毒性はコンテナ一杯分を3年間食べ続ければ死ぬといった程度のものでしょう。バイキング会場の光景は食生活と健康を学ぶ絶好の機会になると思います。昨日の朝も自分より年配の男性が割ったロールパン3つのなかに大量のマーガリンを塗り込んでいました。朝食と言えばパンですし、欧米では蛇蝎のごとく嫌われるトランス脂肪酸の油脂をたっぷり塗りたい気持ちはよく分かります。悪魔の報酬回路にあなたは騙されていると教えてあげたいが余計なお世話でしょう。DCF法のように、将来の健康リスクを目の前の欲望がもたらす価値から割り引く知識と理性が必要だと思います。