週末は氷点下10度近い南会津にあるタンボ・ロッジに行きました。東京に最も近い豪雪地帯?から戻って一夜が明けてもフィアットの屋根には南会津の雪が溶けずに残っています。この宿のアンデス料理をベースにしたヴィーガンメニューが気に入っていますが、最初に訪れた4、5年前は料理の量に少し物足りなさを覚えました。一日一食生活になった今は十分だと思えます。大半の人は食べることが大好きで食べものを研究しますが、自分の関心はもっぱら食べるモノではなく食べるコトです。料理にとらわれると執着し強欲になりますが、生きる手段として生活の基盤に食を据えると無暗に欲しくなくなります。フランス語では食の享楽を求めるグルマンと、食に関する深い知識と料理の味を知るグルメを分けますが、日本では欲を満たすだけの食事もグルメに含まれます。食べない自由を手にすることが究極の美食と考える人が少ないのは、食べたい気持ちの源やその正体を理解する以前に習慣的に食べるからだと思います。
月: 2022年2月
山は同じ体力の人と行くべき
昨日は奥日光の秘境とも言える庵滝の氷瀑を見に行きました。土曜日に行った雲竜渓谷の氷瀑がとけ始めているのに対して、標高の高い赤沼・小田代ヶ原から行く庵滝は2月中旬までは自然の芸術を楽しめます。奥日光の美しい雪原を歩いて1時間少々の渓谷の奥にある秘境への道は、普段は人知れず流れ落ちる滝に至るバリエーションルートですが、自然の壮大なアートが見られる1か月間はハイカーが集中します。落差30メートルの庵滝は日陰にあることから氷がゆっくりと育ち、土曜日に見た雲竜渓谷の氷瀑より美しいアイスブルーを見せます。蔵王の樹氷を見に行くのは、天候のリスクと首都圏からの遠さがありますが、日光の氷瀑ツアーはお手軽です。しかし、ほとんど平地とは言え往復12kmのトレッキングは運動習慣のない人にとっては辛い距離かもしれません。ガイドによるツアーもありますが、夏山の山岳遭難事故としてはまれにみる惨事となったトムラウシのように、この時期に体力の異なる人と山に入ることは危険だと思います。
食事は雰囲気づくりの手段
昨日は日光の雲竜渓谷の氷瀑を見に行きました。林道を2時間近く歩きますがその価値はあります。首都圏近郊で最大規模のアイスブルーの氷瀑には100人を超える人が集まります。すれ違う人がラブラドールの足が冷たくないのか心配してくれますが、本人は至ってご機嫌です。暖かな晴天に恵まれて氷はとけ始めていますが、ピクニックには最適な一日で、持参した赤飯と温めた汁物のランチを食べました。普段は昼食を摂りませんが、壮大なスケールの自然の芸術作品を間近にしながらの食事のおいしさはこの上ありません。今や食事は栄養やエネルギー、快楽を得るための手段ではなく、自然のなかでのピクニックを楽しむための演出道具です。ダイエット法のなかで最もハードルが高いと思われる小食ですが、慣れてしまえば食事は人と会話を楽しむための道具であり、レジャーを楽しむための雰囲気づくりの手段になります。しかし、昼食を食べると普段より夕食前後にお腹が空き、無駄に食欲を呼び覚ますことは問題でしょう。
ノーベル賞も答え合わせ
健康に関心を持つようになったのは中年以降ですが、メモが残るだけでも約2,000冊の健康本を読みました。読書量が増えても結局やるべきことは運動、小食、自律神経バランスの3つだけとシンプルです。ノーベル賞級の新しい発見も含めて、あとから仕入れた知識は答え合わせに過ぎません。健康の秘訣は現代人だけが手にする特権などではなく、紀元前からヒポクラテスが指摘していたことばかりです。むしろ過食や運動不足、自然から遠ざかる過度な都市集中という現代の生活が病気を生み出したに過ぎません。西洋医学が得意とする救急救命にしても、戦争によって不自然に失われた機能を治す外科手術が中心ですし、抗生物質など一見有益に見える発見もありましたが、それらはまた別の問題を引き起こしました。そう考えると2千数百年の間の進歩は決して本質的なものではなく、我欲による堕落は精神性、思考力、芸術性などあらゆる面で人類を退化させたのかもしれません。
沖縄はセーフティネット
節分が過ぎ立春を迎えると春は目前ですが、憂鬱な花粉症の季節も廻ってきます。雪の残るうちに山に行かねばとあせる一方で、この数年滞在している避粉地の那覇やハノイに行くとその気候に癒されます。癒しとは恐怖からの解放であり、戦争危機、疫病パニック、スタグフレーションといった人為的な災難とメディアの雑音を消すのに旅は適しています。沖縄には仕事でもよく行きましたが、暖かいところに行くとどうやっても生きていけそうな安堵感を覚えます。自分にとって沖縄はセーフティネットのような場所で、かつては高い若年者失業率などの問題を抱えながら悲壮感はありません。学校や職場が原因の自殺は後を絶ちませんが、自分を追い込むように仕向けたのは社会に適合しないことを落伍者呼ばわりする洗脳でしょう。真面目な人ほど職場の選択肢がそこしかないと思い込みストレスを増幅させます。死ぬこと以外はリスクでないと楽観的に考えるのはある程度余裕のある人でしょうが、沖縄はそう思わせてくれる場所です。
信頼すれば相手も応える
娘が渡英しアラカン世代の夫婦だけになると肉製品を買うことがなくなりました。肉食の健康への影響については賛否がありますが、おそらく腸内細菌の状況によって個人差があると思います。食事の回数を減らすに従い、精進料理のようなヴィーガンに類似する料理が好ましく感じられるようになります。消極的肉食のパートタイムヴィーガンの我が家では機会があれば肉を食べ、先日は香典返しのカタログギフトでローマイヤの肉製品をもらいました。創業101年を迎えるローマイヤはロースハムを誕生させるなど日本の食肉加工業界の発展に重要な役割を果たした企業です。創業者のアウグスト・ローマイヤーは第一次大戦で日本の捕虜になり、釈放後も日本に残り日本の食文化を変えました。神聖な響きさえ持つドイツのマイスターという点では菓子職人であったカール・ユーハイムも似た境遇です。当時彼らには見張りさえ付かず捕虜収容所は市民との国際交流の場であったとされます。信頼すれば相手も期待に応えようとする環境でこそ発展は続くのでしょう。
好ましい選択肢が常にある
37兆とも60兆とも言われる人間の細胞は毎日0.5%から2%が入れ替わっているとされます。数ヶ月から1、2年で新しい体を手に入れる計算になりますが、日々更新される体を実感するのは傷口が治癒していくときぐらいです。一方で確実に確かめる方法は食事による体の変化です。昨日のように新月の時は体の解毒が進むとされ、断食により心も体も軽くなります。栄養を摂ることと同様に食べないことは体をデザインするのに役立ち、食べるか、食べないかという二項対立は無益です。食べることも食べないことも共に重要であり、好ましい選択肢が常にあると執着が生じなくなります。同様にお金を使うことも使わないこともどちらにも価値があります。何かを買うという行為が一種の本能を満たすように、お金を使わない日もまた充足を感じます。世の中にストレスが蔓延するのは、より多く食べさせ、お金を使わせることにしか価値がないかのように偽装されているからでしょう。近年のマインドフルネスブームの背景にあるのは片側だけの雑音への抵抗のように思えます。
美味しさと健康は両立する
普段の料理は妻任せですが、作り置き惣菜やロールキャベツ、餃子、カレーなどを作ります。調理器具が充実していた旅館時代はスパイスからカレーを作っていましたが、今は業務スーパーで買った業務用ルーを使います。ホテルのような味わい深いカレーをイメージしつつスパイスを追加してそれらしく作ります。前日から仕込むことが重要で一晩寝かせて食材が溶け込み成分を安定させることで野菜だけでも本格風の味になります。料理は家事であると同時に、自分のイメージした味に近づけていく探究心を満たすクリエイティブな趣味だと思います。美味しさと同時に追求するのは食材の持つ薬効です。カレーのスパイスは漢方の生薬と同じであり一種の薬膳料理です。多数の香辛料を使うために免疫力を高め老化予防になります。カレー粉のウコンの成分に含まれるポリフェノールのクルクミンにより血管や脳が若返り、インド人のアルツハイマー発症率はアメリカ人の4分の1とされます。免疫力を高めるにんにくやごぼうを加えたカレーは、美味しさと健康を両立する手軽な薬膳料理だと思います。