20代のときは30代になりたくないと思い、30代のときは40代になりたくないと思い、その気持は今も変わりません。一方で今が人生で最良と思え、100歳になってもそれは同じような気がします。人が歳を重ねたくない理由は死が近づき徐々に体が弱るとの思い込みが強いからです。原因の分からない症状を医師が患者に納得させるのに老化現象ほど便利な言葉はありません。人が老化を早めるのは老化信仰があるからで、老化の概念は体の変化に置き換えるべきだと思います。二十歳頃をピークに全身が衰えるという洗脳が危険なのは、過去の記憶を脳が参照する意思決定や超長距離の山岳レースでは年配者の方が有利なのに、すべてをネガティブにとらえ衰えを無用に加速化し、そのポテンシャルを生かすことなく生涯を終えることです。この信仰が広まった理由の一つは18世紀以降に様々な計測が可能となった科学・技術の進歩でしょう。多くの人は見えるものしか信じないので検査数値や診断画像を崇めます。検査技術が進み早期発見が増えるほどガンによる死者が増加する矛盾は皮肉です。高齢者に死後多くのガンが発見されることから推測すると、ガンは環境変化に伴う血液浄化のための正常細胞という説も成り立つのかもしれません。
年: 2021年
人とAIはどちらがマシか
政治の季節になり週末には都議選があります。それほど親しくない知人から電話があり、「素晴らしい人だから」と推薦されても困ります。背景も分からない人に投票する今のシステムには疑問があります。長年かけて築かれた制度ですから全否定するつもりはありませんが、政治不信が広がり肌感覚と政治が遠ざかる背景には、伝統的なシステムが抱える欠陥があることも事実だと思います。都議の年間報酬は政務活動費を含めて2,000万円ほどとされますが、ヨーロッパでは働いた日の日当と実費のみやボランティアもあるようで、どこかの自治体で大胆な実験ができないものかと思います。予算分配は監査を強化すれば役所に丸投げできそうですし、スマホの普及により効果測定は容易ですからいっそのことAIが意思決定をした方が議会対策などの無駄はなさそうです。人間が議員を行う自治体とAIが政策立案や予算配分をする自治体を試して比較する価値はあると思いますし今の技術なら可能でしょう。政治が利権に近いために社会を操る道具にされ、直接間接の浸透工作が行われ突かれるのはいつも人間の弱さです。AIも操作されますが、最後は人の愚かさとどちらがマシかという議論になりそうです。
森は命を育む
早朝に行く近所の神社は天正十二年(1584年)平安時代の武将平貞盛の子孫が創建したとされます。どこにでもある普通の神社ですが400年以上もこの地にあると聞くと歴史の重みを感じます。参道を歩くとき見上げるほどの常緑広葉樹の高木に目が行きます。神社の鎮守の森がどこも似ているのは本来その土地にあるべき植生である、潜在自然植生の特徴を一番残しているからでしょう。潜在自然植生はドイツの植物学者ラインホルト・チュクセンによって提唱された概念で、人間や動物が壊す以前のオリジナルの原植林ではなく理論的に考察した第3の植生概念とされます。典型的なのは明治神宮の森で、樺太から台湾までを含む全国からの献木13万5千本により計画的に作られた森ですが、昨年100年目を迎え自然淘汰により松も杉も姿を消し鬱蒼とした深い森を作り上げました。100年以上前に書かれた林苑計画書にも、最終的には針葉樹が淘汰されて常緑広葉樹の森になると予想されていましたが、その淘汰のスピードは予想より早いそうです。東京大空襲の焼夷弾が落ちたとき、社殿は焼失したもののこの森に逃げ込んだ近隣の人は難をのがれたと言い、森はいつの時代も命を育む場所なのだと思います。
食べないことが幸せ
昨日は起きた時から体が重く、神社まで散歩をしても心が晴れません。快調と程遠い理由は、前日に珍しく外食をしたことぐらいしか思い浮かびません。食べるという本能的欲求は消化のための負荷を伴います。解糖系中心にエネルギーを生み出す若い頃は人一倍食べましたが今のエネルギー産生回路は当時と違います。食べないことでエネルギーを得られるパラドックスが成立するのは、糖質制限や断食で体が飢餓状態に順応して血中ケトン体濃度を上げるからです。短時間で燃え尽きる糖質に依存しない飢餓に強い体を作ってこそ無限とも思えるエネルギーを得られますが、世間には元気なお年寄は週○回ステーキを食べる的な話が流布されます。ドイツの富国強兵政策の御用学者カール・フォン・フォイトを近代栄養学の父と礼賛し、その亡霊と言えるカロリー理論と肉食礼賛という虚像を今もマスコミが流すのは、食べ過ぎが産業にとって好都合だからです。近年のあらゆる生物実験は食物摂取を3、4割減らすと長寿化することを明かしますが、人のバイアスは食べる楽しみを過大評価し、食べ過ぎによる負の影響を無視します。最近は昔のように食べられなくなったと嘆く声を聞きますがそれが正常な姿であり健康に生きる秘訣でしょう。
儲かれば何でも良い?
コロナ関連の給付金をだまし取ったとして経産省のキャリア官僚2人が逮捕されました。ペーパーカンパニーを使い虚偽の申請により家賃支援給付金550万円をだまし取った疑いがもたれます。2人が同級生という高校の想像はつきますが、勉強ができても人としての正しさを失えば無意味です。千代田区の一等地にあるマンションに住み高級外車に乗る不相応な生活が不正受給の発覚につながったと伝えられます。この事件は一連のコロナ詐欺で芋づる式に捕まった氷山の一角で、自分たちが作った制度を悪用する粗暴ぶりは組織犯罪を疑いたくなります。付加価値生産を高めることと楽に儲けることは違いますが、昨今の組織人の言動を見るとこの違いが曖昧になっていると感じます。本業で儲けるか営業外で儲けるかの違いは、後者を突き詰めると儲かれば何でも良いことになります。日本経済の司令塔を果たす経産省キャリアがこの程度なら、金儲けこそが善であり、楽して儲ける発想が省内に蔓延している可能性もあり、空恐ろしさを覚えます。小利口に立ち回る組織人の軽薄さが踏み外してはいけないルールを超えて日本社会をだめにしたのでしょう。
サーキュラ人間の時代
菅首相が所信表明で2050年に温室効果ガス排出ゼロを宣言したことで、良くも悪くも循環型経済が身近なテーマになりました。江戸時代に戻せば良いだけですが、明治以降欧米と肩を並べる大量消費社会を築いた日本をサーキュラエコノミーに戻すことは現在の技術だけでは不可能です。技術革新は重要なテーマですが、一番効果的なのは、なるべく消費せず、なるべく長く使い、なるべく捨てないことを一人ひとりが心がけることでしょう。メルカリなどのシェアエコの進展により消費はむしろリセールバリューの高い高価格帯に移行するなど、今のところ消費を押し下げる影響はありませんが、循環型経済は経済成長の足かせとなることは間違いなさそうです。サーキュラエコノミーに最も野心的な目標を立てるオランダは2050年には100%循環達成を目指しています。仕入れる食材の8割が廃棄予定品のレストランでは、ごみ箱を置かずコンポストの機械だけといったトレンドは英国にも広がります。以前は一日3食に間食を2回程度していましたので、ほぼ一日4食の分量を食べていましたが、妻も娘も一日3食食べることがなくなった我が家では一日1.8食程度に半減し45Lのゴミ袋一杯に捨てていたゴミも半減しました。国民全体が食べる量を半減すれば健康になり、ゴミ削減も劇的に進みサーキュラエコノミーに近づくと思います。
心のなかにある故郷
留学先の英国から帰国し、6泊7日の帰国者隔離施設から戻った娘を迎えに昨日は羽田空港に行きました。窓も開かない11㎡で日に3度の食事にドアを開けることしか許されない不自由な生活にさぞかし辟易していると思いきや、娘も同じ便で帰国した同級生も滞在が気に入っているようでした。アパホテルは全国38ホテル15,463室をコロナ対策で一棟貸ししていますが、11㎡は昔の思い込みを捨てれば十分に快適なのかもしれません。海外に行ってもせいぜい一週間の親とは違い食事に出されたコンビニのおにぎりが美味しく、日本の風景が恋しくなると言います。都会人の心象風景は街の雑踏であり、コンビニの食事がソウルフードなのかもしれません。世界に出かけたいと感じるのは魂とつながることのできる戻るべき故郷があるからで、そこは日々の何気ない質素な暮らしを通して静寂を感じる場所なのだと思います。一方で普段は故郷など意識せずに生活をしていて、希少なものをありがたがりそれが本能的欲求と結びつくことで思考を支配します。美味しい料理や贅沢な暮らしで絶えず誘惑をし、あらゆる欲望を満たす都市で麻痺した脳を回復するには心のなかにある故郷を感じる場所に身を置くことが必要なのでしょう。
シンプルにしろ!間抜け!!
両親がお世話になっている施設からよく郵便物が届きます。返信用封筒が入り何かを返送しなくてはならないらしいのですが、本論との関係が見えない経緯が延々と書いてある女性脳?的文章が数枚に渡り、最後まで読む気力が起きず緊急性がないと見做していつも放置します。あなたにして欲しいこととその理由だけで良いのに、忙しい現代人に結論の見え難い長文を送る行為は非礼だと思います。これは日本の教育にも問題があり、米国ではKISSの原則を小学校から徹底すると聞きます。KISS principleはアメリカを代表するP-38、F-104、U-2、SR-71といった航空機の技術者として知られるケリー・ジョンソン(Clarence Leonard Johnson)によって造られた原則でKeep it stupid simple(愚直なまでにシンプル)に由来します。簡潔性にこそ本質的価値が宿ると信じていますので、分かりにくい文章を書く人には句読点を入れてKeep it simple, stupid.(シンプルにしろ!間抜け!!)と言いたくなります。個人的にはKeep It Simple and Short(シンプルで短く)やKeep It Simple and Small(シンプルで小さく)も気に入っています。
バラマキは良策?
異例なことに総死者数が減少した疫病禍の日本は不思議な状況にあります。経済への打撃は致命的なはずですが、大半の売上を失う事業者がいる反面でほぼ無傷の産業があることは特徴的です。空前絶後の予算1兆円超、最大1億円の事業再構築補助金に注目が集まり、なかには給付金と勘違いして貰わないと損とばかりに申請する人も多く、対象外要件の収益物件を買って民泊を始めるような計画も目立つと言います。公募要領すら読まず「自社がやったことがなければ何にでも使える」的な事業再構築の定義無視の怪しげな誘いで着手金や20%もの手数料を要求し、便乗して物を売る人達も群がり一種のバブルの様相です。先日発表された第一回の採択率は、5.5万社から6.7万社に採択予定企業数が増えた期待とは裏腹に通常枠30%の数字に落ち着きました。一般にバラマキ政策は批判の対象ですが、一方で千三の新規事業においてバラマキは必然です。可能性があるなら試してみるという政府方針は、創業意欲が世界最低クラスの日本にとって、大半が無用の長物に化ける公共事業よりは、事業意欲に火を付ける点で良策に見えます。
100歳現役時代
昨日は歯科医に行く90歳の父に同行しました。意地悪をするつもりはないのですが、できることは自分でやってもらいます。母は典型的な昭和の専業主婦で、夫に尽くし何でもしてあげるタイプですが、その親切心が裏目に出て父はすぐに人に依存します。不親切な親不孝息子と思っているでしょうが、自分は歳だから人にしてもらって当たり前という父にははっきりと物を言います。行き過ぎた敬老精神や親切があだになって高齢者は無用に老化を早めていると思います。施設の人は仕事柄ホテル並の親切さで何でもしてしまいそれは日本社会の美徳でもあるのですが、過保護な環境に慣れた父にとって、たまの息子との外出は良くも悪くも刺激的で歯科医から戻る頃には幾分正気に戻りシャキッとしています。百寿者のインタビューを読んでいて印象的なのは自分のことをそんな歳だと思ったことがないと言うことです。ポーラの現役ビューティーアドバイザーが勤続60年を昨年100歳で迎えたように、できると思うかできないと思うかによって、人は自分で自分を運命づけているのでしょう。