人は信念と習慣で自らを欺く

食事の回数を減らすことで食欲について考えるようになりました。食欲には少なくとも2つのタイプがあると思います。それは食欲が、睡眠欲や排泄欲、性欲のように、動物の生理機能上欠かせない欲求であると同時に、物欲や出世欲といった必要を超えた個人的・社会的な欲求でもあるからです。食欲は生存に必須である一方、主には中毒症状を介して生存を脅かす存在になります。食欲は自明故にそれを抑制、調節する研究はされてもその発生メカニズムについての解明は不十分だと思います。何かのきっかけで空腹感は蘇り、一方で選択的にコントロールして眠らせることもできます。現代社会は欲の解放を礼賛し扇動しますが、それに身を任せれば偽の欲望や見せかけの欲望に翻弄され心の平静は訪れません。人間の遺伝子には欲望という生物学的インセンティブがプログラムされているために生存の意欲を持ち続けることができますが、一方で欲望を抑えられないために人生の転落が始まります。人は信念の力と長年の習慣によって自らをも欺くことができる存在ゆえに欲の問題は根深く、その解明が解決の糸口になるのでしょう。

ろうそくで暮らしたい

今日は新月ですが、自然の少ない都会に暮らすと季節の変化を身近に感じる喜びを忘れ、月齢も意識しなくなります。人間は本来リズミカルな存在で、自然の不思議な営みは体内にリズムとなって宿ると思います。満月から新月は体から古いものが排出され、とくに新月は身体の浄化力が高まりデトックス効果が高いとされます。食事回数を減らし体重が安定している今では体感することが無くなりましたが、以前は新月の日に断食をすると体重が一気に落ちることを体感していました。多くの生物で満月にかけて出産数が有意に増加することを示す研究データがありますが、都会を不夜城にして暑い夏を冷房で冷やす現代のライフスタイルを送る人間でも満月や新月の晩にお産が増えるという経験則が語られます。毎朝鳥が鳴き始める時刻は季節とともに移り変わりながらほぼ正確ですが、人間は自然の摂理の中で生かされていることを忘れ、季節や時刻に逆らう生き方をします。自然とともに生きるライフスタイルこそが病気を遠ざけ、夜はろうそくで暮らすような生活が理想です。

化粧が下手な日本人?

世界中で存亡の危機に立たされる飲食業には3つの役割があると思います。一つは事業者が生計を立て儲けるためで、もう一つは消費者が活動に必要なエネルギーを摂取し欲望を満たすためです。3つ目は社会の無駄をなくし持続可能な仕組みを回す調整弁としての役割があると思います。お勧めメニューの多くはその時期に大量に収穫され暴落した食材を調理したもので、足が早い寿司ネタは煮付けや焼き魚として提供され、スーパーでは売れ残った生鮮品を惣菜に加工して売られます。オランダ最大のスーパーマーケットチェーンのアルバート・ハインの食品廃棄物問題を解決するための社内ベンチャーから生まれたレストランのInstockは、当初5ヶ月限定のポップアップ・ストアでしたが大きな反響から常設レストランになり、一昨年には社会的企業として独立し3店舗100人を雇用するまでに成長しました。ミシュランのシェフとも組むお洒落なレストランは食品廃棄物というネガティブなイメージとは無縁です。日本人がこの手の事業をすると生真面目さ故なのか理想ばかりが先行するためか、化粧をして良く見せることが下手で損をしていると思います。

経済にとって好ましい幸せ

コロナ禍でほぼ外食が無くなりモノも買わなくなりました。洋服収納を見るとこの1、2年で新たに加わった衣類はありません。Amazonの注文履歴で2年以内に買った最も高額な商品はラブラドールの10kgのドッグフードぐらいでいずれも必需品ばかりです。消費をしないことは消費をすることと同様に心を豊かにすると思います。次々と発売される新商品が欲しくなる移り気なドーパミン系の快楽に対して、同じものを大切に使うオキシトシン系の快感があり、ハイパーコンシューマリズムの狂気から覚醒すれば自分の内面に目が行きます。消費に夢中になり人生を騒々しくするために金を使い、金を稼ぐために人生をすり減らすなら、いつまでも失う不安を抱えることになります。人が幸せを感じるホルモンは4つあるとされますが、オキシトシン的な幸せが気づくことに対して、ドーパミン的幸せは何かを手に入れることで得られる幸せです。手に入れる幸せは次の報酬を求めてその欲求が際限なくエスカレートして幸せが続かないために、どこまで行っても欠乏感のある、経済にとって好ましい幸せなのでしょう。

社会現象が味覚を決める

日々の買い物を除き商業施設に行くことも少なくなりましたが、妻によるとデパートの食品売り場では以前より高額なケーキが売れているそうです。自粛疲れで買いたい意欲が鬱積した裕福な消費者にとって、多少の価格上昇など問題ではないのでしょう。近所の商店街を歩くと自分では買わないであろう高額な食パンが一人一本の販売制限で売られ、開店前から人が並んでいます。食べたことはありませんが、たまに買う業務スーパーの天然酵母食パンとのブラインドテストなら3、4倍の価格差は感じないはずです。美味しさを感じるメカニズムは複雑で、食べ物を咀嚼すると食品の組織が破壊され唾液と混ざり、成分中の分子やイオンが溶出し味蕾がこの化学物質を感じます。味覚を含む五感情報は大脳皮質の感覚野に伝わったあと大脳皮質連合野に集まり必要な栄養素を含むか判断し、扁桃体が血糖値などの生理状態と照合した上で美味しいと感じ視床下部の摂食中枢を刺激します。世界有数の企業やホテルが協力したアメリカの研究では、人気のないヘルシーな料理の名前を変えただけで売上が76%上がったと言います。おそらく高値で売られる社会現象が味覚を決めるのでしょう。

テレビは不快なメールマガジン

日米でメディア各社の経営悪化が伝えられます。NHK放送文化研究所によると10代、20代の半数がほぼテレビを見ない実態が浮かび上がり、高齢層を除きテレビ離れが加速しているようです。一昨日は話題の映画ボヘミアン・ラプソディが放送されましたが、ネットでいつでも見られる映画をテレビ局指定の時間にテレビの前に集まる習慣は今となっては滑稽です。テレビも新聞も見ませんが仕事上も困ることは何一つありません。昔の営業は顧客と雑談をするために毎朝スポーツ新聞を読む必要?がありましたが、今どき誰もがプロ野球を見るわけではありません。もちろん気づきや啓発を与える有益なテレビ番組もありますが、一覧性があるとか社会の空気を知る、人と話を合わせるなどの言い訳でダラダラ見る習慣は時代遅れの思い込みでしょう。日々膨大な情報にさらされ、いくつかのYou Tube動画、積まれた読むべき本、ダウンロードしたPDFなど人間の処理能力が追いつかない状態でテレビをつけられると、欲しくもないメールマガジンが送りつけられたようで不快になります。連日のコロナ報道で視聴者を脅すしか能のないメディアに辟易していることを知らないのは本人だけでしょう。

最も偉大な格言

強要したわけではないのですが妻も朝食を食べなくなり朝のひとときが静かな時間に変わりました。食べる量を減らすと食事が美味しくなり体調は良くなり、買うものもゴミも減り良いことばかりです。食べなくてはいけない、寝なくてはいけないという脅迫観念から解放され、食べたくなれば食べる、眠くなれば寝るという体の要求に従う生活に切り替えると体が軽くなります。体に負荷をかける生活をするから長く眠る必要があるのだと思います。夜10時頃に寝る生活を10年ほど続けていますが食べる量と睡眠時間は連動しているようで、3時には起き出してラブラドールと神社に行きます。鳥が鳴き始める時間にはばらつきがありますが決まっている事は最も早い時刻が日の出45分前と言う事です。これは研究者が調べた木々が最も多く酸素を吐き出す時間帯と一致します。徐々にあたりが明るくなる夜明け前の時間帯が最も美しいのに、多くの人はこの神秘的な時刻を知らずにベッドのなかで過ごします。「早起きは三文の徳」は「腹八分目」同様に先人が残した最も偉大な格言でしょう。

人類史の0.0%以下

非常事態宣言の延長により非常事態が日常になる好ましい面は、浪費の価値観が逆転することです。元々高級な飲食店に行く習慣はありあませんが、日々の一食一食を大切に食べることの重要性を認識させられます。豪華で素晴らしい非日常というものに人はすぐに慣れてしまい、反動で日常が退屈でつまらないものに見えます。贅沢な料理を食べ、高級車を乗り回し、遠くまでレジャーに出かけるような生活が好ましいのは景気浮揚効果だけだと思うのは、自分で生活のハードルを上げるほど日常に不平不満を持つようになるからです。人間は大概の刺激には慣れる特性があるために、生涯に渡って常にドーパミンが出るような刺激を与え続ける生き方は疲れます。生活を節制して消費を我慢するより目の前の人生を謳歌し方が良いと思えるのは健康なときだけです。人生全体の収支バランスを考えるなら、体に異変が現れるまで生活を改めず、症状が快方に向かえば元の生活に戻る愚かさは避けるべきでしょう。人類の歴史がどこから始まるかは諸説ありますが、どこを起点にしてもわれわれが信奉する現代的なライフスタイルは人類史の0.0%以下でしかないのですから。

Conscientiousな人生

住宅街を歩くと所狭しと植木鉢を並べる家を見かけますが、緑を身近に置きたいのは自然な欲求でしょう。日の出前に近所の神社に行くとそこだけは鬱蒼とした森が出現する別世界で、見上げるほどの木々の下で手をあわせることは都市で一日を始めるのに好ましいルーチンに思えます。同じ時間に参拝する中年女性の所作の美しさは、人を騙さず真面目に働いてきた日本人の誠実な姿を感じさせます。現代の日本が世界有数の長寿国になれた理由はマクガバンレポートに書かれる伝統的日本食よりも、島国特有の良心的で誠実な生き方にあると思います。人類史上最も長期に渡る健康に関する調査は1921年にスタンフォード大学のルイス・ターマンが当時10歳前後の児童1,528人を対象に始めたものです。ターマン教授の死後この研究はカリフォルニア大学のハワード・S・フリードマンに引き継がれ足掛け80年に渡った研究プロジェクトの結論は、健康長寿のキーワードはConscientious(誠実な)な性格でした。真面目で良心的で誠実な人は健康的な習慣を維持でき、心のブレ幅が少なく、欲を追わず今の生活に満足をしているからでしょう。

小利口が生きる目的?

一年で最も日中の時間が長い6月に入りすでに今年も半分が過ぎた感覚です。月日の経過を早く感じるのは歳を取ったからではなく生活が単調だからでしょう。やるべきことがないと時間を持て余し退屈するのではなく、何をするのもゆっくりになるので一日があっという間に終わります。近所を歩くと自分の10年後、20年後と思しき人があてもなくただ通り過ぎる人を眺めている光景を見かけます。別の時間に通ってもそこに佇んでいる姿を見ると、リタイアという思い込みの残酷さを考えます。それは生活の一断面に過ぎず必要なルーチンかもしれませんが、その表情は生気に欠けます。昔ならアーリーリタイアが夢でしたが、仕事のある日常こそが生きる力を与えると思います。組織内でうまく立ち回る小聡さが優秀と評価されがちなサラリーマン生活に慣れると、自分は利口であらねばならぬと思い込み、自分の本音ではなく他人の基準で小利口に生きることが目的になります。優秀なサラリーマンのリタイア後が必ずしも幸せとは限らないのは、長年の習慣が自分の本音と居場所を見つけにくくしているからかもしれません。

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