連休中は長野県にいて夕方はヒグラシの鳴く森をラブラドールと散歩し、夜は上空を頻繁に横切る人工衛星を眺めているだけで満たされます。常に何かを欲しがることは貧しさであり、人はすでに持っているもので贅沢に暮らすことができると思います。新型ウィルスの蔓延により三密回避の郊外や地方での居住がにわかに注目されます。以前経済産業省が行った定量分析によると、鳥取県倉吉市の年収500万円に相当する生活を東京で行うと1,100万稼ぐ必要があるとの試算が出されました。福島県で暮らしていた頃は食材の大半は半径30km圏で手に入り最盛期の野菜の価格は東京の4分の1で新鮮です。自然に親しむためのレジャー費用はほぼ不要になり、お金を使う誘惑が少なく、温泉が身近にあり、図書館はいつでも本を借りられ、何より満員電車の耐え難い苦痛がありません。今やインターネットさえ繋がれば仕事も娯楽も買い物も地域間格差を感じずに済みます。結局のところ都会的で物質的な贅沢は誰かに認めてもらいたい他人軸の満足であって自分の本音ではないと思います。
年: 2020年
世界は巨大なエコシステム
2020年はあまりに大事件が多く正常な感覚を保つことは困難です。今年3月にデフォルトを起こしたレバノンは若年層の失業率が60%にのぼり1日4ドル以下で暮らす貧困層が国民の50%を占め十分な食事を摂れないとされます。食料自給率が低く8割を輸入に頼るレバノンの港で2,750トンの硝酸アンモニウムが爆発し小麦備蓄のサイロや港湾施設が崩壊し食糧危機は現実問題です。18の宗派が混在するモザイク社会のレバノンは自分たちの権益最大化に走り政治的にまとまることができない無政府状態です。ベイルートの建物の半分が被害を受け30万人が住めなくなった爆発はイランが支援するイスラム過激派組織ヒズボラ管理下の港で起きました。そのイランは盟友中共同様に新型ウィルスを隠蔽した結果7分に1人が死ぬ状況です。独裁政権には嘘がつきまとい、暴力や搾取が正当化され国民は貧困を脱することができません。贅沢な暮らしに慣れたゴーン被告は実質国外への脱出が困難な今何を思うのでしょうか。世界は巨大な内部循環のエコシステムですから快楽や贅沢のために人から奪ったり破壊すればやがて自分を脅かします。贅沢を禁じられ小学校で姉の服を着ていたという習近平もまた、父が願わなかった人生を歩んだ報いを受けるのでしょう。
悲観的に準備し明るく実行する
星野リゾートの倒産確率30%という社内ブログが以前話題になりました。星野リゾートは事業拠点を分散化することで地震や噴火、水害などの災害リスクに備えてきましたが、今回の危機は日本と世界全体へのダメージですから30%と聞いたときは妥当な数字だと感じました。休業による重苦しい雰囲気の5月12日の社内ブログに、皆が面白がるんじゃないかと考え「星野リゾートの倒産確率」をお遊びで計算したと言います。この危機的な状況でさえ一種のエンターテイメントや学びに変えてしまう刺激的なノリこそが星野リゾートの強さでしょう。お遊びとは言え、売上、コスト削減額、資金調達額についてそれぞれ3つの変数を用意し27のシナリオのうち倒産パターンを推測し経営状況を全社員に伝えています。星野リゾートは一般に収益が安定しないリゾートや観光需要に軸足を置く言わば逆張り経営ですが、それが三密回避の風潮で奏功した印象です。「年間60日間スキー滑走」をKPIにする星野代表は頻繁に雪山からリモートワークをしており、その知見が商売に直結します。悲観的に準備し明るく実行する健全な危機感がこの難局を乗り切る力になるのでしょう。
手抜きと品質のセンス
旅館の朝食は以前からその重要性が問われてきましたが、人手をかけずに半製品などにより品数で満足させる流れが主流でした。一定規模の施設ではバイキング形式を採用し、品数勝負で地元の食材や郷土料理を出すという基本形があったと思います。業界誌の朝食特集のキーワードを真に受ければどこも似たものになるのは必然です。皮肉なことにもっとも印象に残る朝食はニューヨークのホテルで、そこはオレンジジュースとコーヒー、クロワッサンしかありませんでした。品数が少な過ぎて印象に残っているわけではなくそのクロワッサンがあまりに美味しかったことです。業界論理に支配されると大胆な発想の切り替えが難しくなくなります。長年業界慣習を踏襲すると「そんなことできるはずがない」という思考に陥ります。あちらを立てればこちらが立たずでがんじがらめにされたことが産業を衰退させたと思います。その点で昨日泊まった旅館の朝食はセオリー通りながら、業務スーパーなどの出来合い惣菜を使うことなく、作り置き惣菜をうまく使いながら、地元産のお米と絶妙な温泉卵などポイントをはずさず「美味しい」と言わせます。手抜きと品質と原価管理の絶妙なバランスは創業116年の為せる技でしょう。利用者の評点も高くセンスの良さを感じます。
欲しいのはリアルな記憶
昨日は旧中山道の下諏訪宿にある明治37年創業の旅館に泊まりました。明治時代から使われる建物のそこかしこに懐かしさを覚えます。気だるい暑さのなか開け放たれた窓から時折心地よい風が抜け、何とも懐かしい気分になります。子供の頃の盛夏の思い出は、今も父方の親戚が住職をする1525年創建の寺で過ごした記憶です。寺のある瀬戸内海の小島での夏休みが原体験になってその記憶と交差します。宿場町の流れをくむ温泉街はご多分に漏れず廃業した旅館が目立ち、日露戦争開戦以来の歴史を知る創業116年のこの旅館もいつまで営業を続けられるのか心配になります。ある時代に適応した業態は時代が代わり環境が変わればやがて淘汰されます。そして疫病の蔓延によりその新陳代謝は不自然なスピードで人々の懐かしい記憶を消し去って行きます。失えば二度と再生することのできない懐かしい建造物への愛着は、歴史的建造物を修復して現代風に活用する回顧趣味を超えて、自分の過去と現在をつなぐリアルな記憶だと思います。トレンドを追う空間デザイナーや建築家は現在を未来へとつなごうとします。しかし今欲しいのは、構えずに素でいられる等身大の過去と現在をつなぐ連綿と続く記憶です。
選択集中ではなく取捨選択
国際情勢が目まぐるしく動く2020年は、昭和天皇が崩御し、天安門事件、ベルリンの壁崩壊が起きた1989年と同等以上の現代史の転換点になると思います。米中対立は戦後レジームを突き崩し世界秩序のありようを変えます。国内政治は政権の起死回生策なのか消費税減税が議題にのぼり始め、いつの間にか4隻の空母を持ち、改修されるF15には長射程の巡航ミサイルを搭載することが決まり、気がつけばファイブ・アイズに加わる動きもあります。以前は経済一流、政治二流と言われましたが、今や政官が先行して日本のプレゼンスを高めている印象です。世界最大級の企業がたちまち倒産したリーマンショックを超えると言われるかつて経験のない赤字、底知れない市場環境の悪化に対して多くの企業経営者は手をこまねいているように見えます。村八分を恐れる日本人は伝統的に和を重んじ、衝突を避け群れから離れることを嫌います。孤独への不安から自分を押し殺す癖のついた日本人の脳は欧米人と異なりセロトニン受容体の機能が低く強い不安を感じるとされます。激動の時代に危険な選択は不作為ですが、固定観念に縛られいつも答えを教えてもらっていた日本人は無限の可能性を発掘することに不慣れです。選択と集中ではなく、悲観的に準備し楽観的に実行する取捨選択が必要なのだと思います。
今を生きる旅
夏は旅に出る人が増えますが今年ばかりは盛り上がりません。「人はなぜ旅に出るのか」など考えることもなくそういうものだと思っていました。その理由を汎地球規模に移動してきた人類進化の歴史に求める人もいれば、狩猟採集のDNAが人を旅に駆り立てるとの主張もあります。お伊勢参りや各地の講などの宗教、転地療法、行商、教育旅行としての近世ヨーロッパのグランドツーリング、そして現代のマスツーリズムへと発展する一方で旅に出ることを頑なに拒む層も少なくありません。旅に出る代償は大きく、経済的、肉体的負担と旅から戻ったあとの仕事への身の入らなさを考えると、今は旅に熱狂する気になりません。数年前からグランピングの次のトレンドとしてリュクスペディション(Luxpeditions)が取りざたされます。Luxury Expeditionの造語であるこのトレンドは軟派のグランピングに対して、高いアメニティと刺激的な冒険を組み合わせる旅です。いま最も魅かれるのは長距離を自分の足で移動する山旅です。温泉にも美味しい料理にも清潔な寝具にも無縁で自分の肉体に挑むスパルタンな旅以上に今を生きる高揚感を与えてくれるものはないと思います。
加齢が原因の嘘
昨年の今頃は南アルプス縦走をしたのですが、山旅に必要な準備は体調を整えることです。昨年は腰痛に悩まされましたが、かがむ姿勢を減らし骨盤を立てるように意識することや運動のあとテニスボールを背中にあてるなどで治りました。何人かの治療家に診てもらいましたが通ったのは一度で、指摘を参考にしながら自分の身体は自分で治すものだと思います。疲れに効くと言えば何にでも飛びつくような風潮は気休めにもなりません。年だから仕方ないと自分を納得させることは最も危険だと思います。自分は老化していくというトリックにかかると本当の老化が始まります。50歳までほとんど運動をしませんでしたが、今は20kg減量して学生時代の体重に戻り、山岳レースのタイムは早くなり、視力は0.4から1.2に改善し若返りと言わないまでも身体がある時点から進化したことは確かです。不調の原因は間違った身体の使い方にあり、正常な使い方をしていればいずれ元に戻り、その間に肥満、アトピー、花粉症、胃痛、腰痛などは自然治癒しました。人間は死ぬまで発達できると考えるなら、あるときを境に老化が始まり人生の後半につきまとう身体の衰えというイメージも払拭されます。健康と利益相反の医者が言う「加齢が原因だからつきあうしかない」に騙されている人は少なくないと思います。
1,000キロカロリーも動けない!?
昨日は八ヶ岳の権現岳に登りました。長時間全身を動かし、上りと下りでは違う筋肉を使い、山の冷気に触れる高所での運動ですから健康状態を良好に保つ上で登山は最適です。運動が健康に良い影響を与えることは衆目の一致するところで一般には散歩が良いとされ一日1万歩などと言われます。しかしエビデンスらしきものを探すと脂肪を燃焼し最高の健康状態になるには1週間に3,500から6,500キロカロリーを燃焼させる運動が必要とされます。5,000キロカロリーだとして週5日運動すると一日1,000キロカロリーとハードルの高い数値になります。昨日は登山口からの標高差が1,300mほどあり3つのピークを越える5時間ほどの運動ですが、おそらく消費カロリーは1,000キロカロリーに満たないはずです。家事労働等の消費エネルギーを加えるにしても常に動いていないといけないことになります。この数値に信憑性があるのは、夏休みなどでこの数値に近い運動をしているときの身体は絶好調でお腹の脂肪もほとんど気にならなくなるからです。健康志向の広がりに伴い肉体を酷使するエンデュランス系スポーツはさらに裾野を広げる気がします。
身軽に暮らす贅沢
昨日は西岳に登りました。快晴の登山は久しぶりで普段なら足早に通過する山頂で小一時間過ごすと、見落としていた花の種類の多さに気づきます。運動目的の登山はピークハントに意識が向かい、足元の草花を見る余裕がなくなります。人生も同様で目標に執着するほど余裕がなくなり、やがて怒りや悲しみに転化されます。執着を手放し日々満足して生きるのに都市ほど不似合いな場所はないと思います。昨今都市と自然のバランスを取る多拠点居住が盛り上がりますが、その先駆者は米国作家のヘンリー・デイビッド・ソローかもしれません。自然とつながるためにウォールデン湖のほとりで暮らし、今この一瞬を大切に生きる人生の意味について名著「森の生活」を書き記しました。余計なものをそぎ落としできる限り自然に近づくことでシンプルを極めた上質な生活ができると思います。意図的な持たない暮らしで選択肢を減らせば執着や悩みから開放され生活は物質中心主義からより思慮深いものになります。シンプルと上質は相反するものではなく、自然と一体になった身軽な暮らし以上の贅沢はないと思います。