誰とやるかが全て

昨日はかつての職場の同僚の結婚式と披露宴に呼んでいただき、なぜか90名以上の参列者のなかで唯一ドローンまで当たってしまい、よき一日となりました。犬好きの彼女らしく、愛犬が結婚指輪を運ぶなど随所に工夫のある結婚式と披露宴は驚きの連続で、プライスレスに素晴らしいものでした。彼女とぼくが共に職場で過ごした期間はわずか5ヶ月ほどですが、重要なのは時間の長さではなく密度だと思います。ひとつの目標を共有するチームに次々と難題が襲いかかり、涙と笑いに明け暮れた、辛くも今となっては美しい思い出です。何をやるかではなく、誰とやるかが全てだと思います。幸福な家庭を築いてほしいです。

美しい森への小旅行

昨年より雪解けは早いものの、まだ宿の周りには雪が残ります。古来より偉大な哲学者は、森を一人散策しながら思索にふけっていたとされます。

木漏れ日のブナ原生林を、鳥のさえずりを聞きながら歩くと、豊かな感性や想像力を育んでくれそうです。サンスクリット語の学校は森を意味するといい、アリストテレスは木立を抜ける散歩道を歩きながら少人数の講義や議論を行ったとされます。多拠点居住のメリットは、普段の自分を置いて美しい森に小旅行にでかけ、新しい自分になれることだと思います。

オフィスは不要

今朝の新甲子温泉は快晴です。気温は氷点下で軽トラックの荷台の水は凍っています。4時前に温泉に入ると白みかける空に星空が広がります。東京に暮らしていると「星の数ほど」という表現が釈然としませんが、おそらく昔はどこからも数え切れないほどの星が見えたのでしょう。

めったにないことですが、昨日の朝食は会議を兼ねて都内のホテルに行きました。オフィス不要論者のぼくは、朝食ミーティングの方がチームのコミュニケーションが向上すると思います。午後は新甲子温泉に移動し、夕方は那須湯元温泉の鹿の湯に行きました。昔ながらの風情を残す温泉場に来ると、遠い昔の記憶がよみがえるようで、体から無用な力が抜け心も体もリラックスできます。

健康嫌いの衝撃

昨日の朝活セミナーで興味深かったのは、健康経営を導入する上場企業が全社アンケートをしたところ、健康意識が高い人は1割、中程度の人は4割、そして残りの5割は「健康が嫌い」という結果です。健康オタクのぼくとしては、「健康が嫌い」な人がいること自体想定外ですが、冷静に考えれば有りうることです。これは大きな示唆で、理想論を掲げて直球勝負をしても社会の行動変容は起こらないのです。政治が混迷して機能しない理由はこのあたりにあるのかもしれません。自宅の八重桜は昨日の強風で散り始めました。

深い内省の旅

今朝は6時半から渋谷で開かれるセミナーに行きました。電車は空いていますし「朝活」をやらない手はありません。昨日読んだ本の一節に「偉大な発明は例外なく深い内省の旅から生まれる」とありました。宗教思想やヒッピー文化、瞑想に心酔し、インドまで自分探しに行ったスティーブジョブスもそうでしょう。朝の澄んだ空気を吸い2時間人の話を聞くとたくさんの気づきが得られます。

地方創生は国を変えるチャンス

娘の留学先の高校のフェイスブックを見ると、動画も含めて3度ほど娘の写った記事が投稿されていました。先月着いた手紙には太ったと書かれていましたが、写真からも顔つきが変わった様子が分かります。

留学先のニュージーランドには10年前に仕事で行き、ニュージーランドの医療制度の本を書いたことがあります。当時保健省などを訪問して話を聞き、国家戦略が非常に明確で日本の手本になると感じました。それはニュージーランドの人口が、都道府県9位の福岡県と10位の静岡県の中間にあたる460万人ほどしかなく小回りがきくからだと思います。昨今話題になる地方創生が有利なのは、小回りの良さだと思います。動きの遅い国に頼らず、県や市町村主導でパイロットスタディができます。そのためには新しい発想を持つ人を積極的に受け入れる工夫が必要だと思います。

小さな幸福からの脱却

昨日は、朝7時前に氷点下2度の静岡県富士宮市の田貫湖から天子ケ岳、長者ケ岳、天狗岳のトレイルランニングに行きました。富士と桜が見られる絶好の行楽日和とあって、UTMF/STYの試走をするたくさんのトレイルランナーに会いました。

ランニングと瞑想は、これまで何度も挑戦しながら、その度に挫折をしてきました。50歳になって始めたトレイルランニングはその両者を満たしてくれます。走ることは自己肯定感を高め、遠くまで行けるトレイルランニングは達成感を与えてくれます。規則正しい呼吸は体を瞑想状態にして、一定の運動強度により多幸感に包まれます。一番大きなメリットは挑戦する意欲を高めてくれることだと思います。この一年半、先の見えないこと、できるかどうかわからないことに挑戦する気持ちになれるのは、トレイルランニングにより脳が活性化されたからだと感じます。居心地のよい小さな幸福に安住する人生など、ただ老いを待つだけの人生に思えてしまいます。

人の心を狂わす組織

評論家的に書きたくないのですが、自衛隊の日報といい、財務省の改ざんといい、勤勉だった日本はいつからこんな国になってしまったのでしょうか。企業も役所も組織が大きくなれば、組織の論理が優先されて自分が集中すべき使命が見えなくなります。行き着く先は相撲界のように不祥事が常態化します。人は一人では何もできません。しかし組織という安全地帯はそこに依存して利己的に利用する人間を増やし、人の心を狂わせると思うのです。

正解はいらない

花粉症はピークに達しますが、悲観することがなくなりました。以前と違い働く場所を選べるので、移動さえすれば花粉症の症状をいつでも消せると思うと気が楽です。今もコンサルタントの仕事をしますが、ぼくがコンサル会社勤務時代と大きく変わったのは正解を重視しなくなったことです。以前は情報収集と分析を通じて最適解を抽出することが善だと信じていました。今は、正解やアイデアには価値がなく、実現することこそ尊いと思います。できるかできないかはやってみないと分かりません。ゴールだけ決めて、あとは行動するだけです。人間がAIに勝てるのは、感性と直観と根拠なき自信に基づくパッションだけだと思うのです。

自分ブランドの時代

世の中はぼくらの予想より早いスピードで変化していると思います。先日報道された日経新聞の調査によると、副業を認めるか検討している企業は一昨年12月時点の17.1%から今年3月時点では41.8%へと短期間に急上昇しています。同様に副業を経験したことのある社員の増加率も著しく、もはや副業(複業)を認めない企業には人が集まらないパラレルキャリアの時代に入りました。組織のブランドではなく、自分のブランドで勝負をする時代の到来は、「自分は何者か」を追い求め、成長や変革を望む人にとって喜ばしいことでしょう。義務的で苦しい「Labor」から開放されて、創造的で楽しい「Work」を実現できる時代だと思います。

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