
昨夜も穂高養生園に宿泊しました。来訪の目的は、最大の課題である料理のコンセプトを固めることです。この施設に来ると、自分本来のあるべき状態に戻ることができます。これこそが私が宿で目指していることです。現実の問題に頭を悩ますうちに遠ざかってしまった、心の奥底からやりたいことが何かを明確にしてくれます。目の前の現実と理想との間を行ったり来たりする日々ですが、そうした悩みが人生における生きがいや働きがいに彩りをそえてくれるのだと思います。
湧水の清流が流れる桜満開の川岸で、ハーブティーのティーブレイクをしていると、何でもない日常にこそ、忘れてしまった贅沢があるのだと再認識します。私以外の同宿者はみな女性で、口々に「幸せ」を連発します。普段の満たされた暮らしのなかでは幸せを感じにくくなっているのかもしれません。
昨夜も布団一枚だけの寝具なのによく眠れました。布団に入った記憶もないほどあっという間に眠りにつき、夜中起きることもありません。食事、運動、回復が健康の要であり、乱れがちな日常生活をリセットできる魅力は、私が目指している宿の姿です。養生園がリピーターを引きつけているのは、一見スパルタンなセルフケアというコンセプトと米国のスパ的な洗練が融合しているからだと思います。







前期の授業が始まり立教大学に来ています。雨上がりの澄み切った空に青い山並みが映えるさわやかな朝です。立教大学にお世話になるようになって早いもので15年が経ちます。人前で話すなど一番の苦手種目で昔なら想像もつかなかったことです。今でも、我ながらよく3時間も話すことがあるものだと不思議な感覚です。話し始めると何者かがぼくに乗り移るとしか思えません。プレゼンテーションの基本は聴衆が聞きたいことを話すということですが、今の若者は何を聞きたいのでしょうか?と模索する日々です。