静かな気迫


代沢のカフェYELLOWに行きました。環境心理学や空間人類学の議論は、デザイン性や世界観、物語、没入感といった作り手の意図が、ノイズとしてネガティブな影響を与える可能性を示していると思います。その点で先日行ったナドヤノカッテは、なぜことさらに昭和30年代に固執するのか、とついつい建築家の意図を探り始めてしまいます。対してYELLOWは3.4mほどの天井高があり、大きなH鋼と重量物を吊るすクレーンのある空間をうまく活用しながら、驚きもないけど退屈もなく、控えめな音量のBGMが心地よく流れます。洗練されたカフェの定石通りに作られているために安心でき、何かに注意を奪われることがありません。印象に残るラテアートの美しさと、巨大な縦長のドアをスタッフが開けてくれる動作が、ドアマン的なホスピタリティを感じ、必ず再来店させるという静かな気迫を感じます。

コーヒーだけが厳格


代々木上原のナドヤノカッテに行きました。昭和30年代と思しき住宅を、はつり工事と床のコンクリート打ちを行い、目立つのはかつての風呂場に作られたバリスタカウンターだけです。朽ち果てた電源やビニールをかぶった断熱材、天井裏など隠そうともせず、コードが天井からぶら下がり、照明器具もデザインされた形跡がなく、あるのは静かに流れるBGMだけです。トイレすら床のタイルはかつてのものを使い、汚いはずの空間がなぜか懐かしく時が止まったようです。置かれる雑誌にもこだわりがなく、世界観や没入体験に疲れてきた人間にとっては何とも落ち着きます。自然と呼吸が穏やかになり、90分の制限時間はすぐにやってきます。世界観も物語性も希薄な空間に対して、グリッチコーヒー&ロースターズのシングルオリジンコーヒーはブラック一択で、豆によってはラテも断られ、コーヒーの厳格さだけが際立ちます。

洗濯を起点としたライフスタイルブランド


Baluko Laundry Place 代々木上原に行きました。山用のレインウエアなどの汚れを落としてはっ水加工を施すためです。カフェと有人のクリーニング店を併設する体験型コインランドリーブランドは、GMOの熊谷正寿氏が出資する㈱OKULABが全国展開するものです。洗濯サービスの枠を超えて、居心地の良さやライフスタイル提案を強化した店舗は増えていますが、モンベルと共同開発した「撥水コース」を利用できる店舗は全国に30店舗あり、行く理由になります。初期投資額は3、4千万とされ、投資利回りは10%以上をうたいますが、競合環境が変わればリスクを抱えることになります。洗濯の待ち時間をくつろぎ、社交、作業時間に変えるビジネスは世界的な潮流であり、洗濯を起点とした体験価値化・ライフスタイル訴求型ブランドは今後も参入が続きそうです。

ゆるい時間の魔力


経堂にあるロースタリー&カフェのRaw Sugar Roastに行きました。羽田の焙煎所を拠点にコーヒー豆の卸をしてきた店の旗艦店として2022年に開業しました。1982年竣工のマンションの1、2階を占め、看板が小さく入ったことはありませんでした。以前はビストロが営業していた場所だと記憶しますが、店内はコンクリート打ちっぱなしと言うより、はつりっ放しで解体工事の途中にも見えます。80年代のRCの躯体が持つ、重量感や荒々しさという時間の蓄積に対し、天井ボードが明るい色に塗装をされ、家具に光沢があり、均質な照度の明るい店内照明は物語的な連続性に欠けます。しかし、そんなこだわりは居心地とは関係ない気もします。犬と訪れる人、外国人カップル、パソコン仕事をする人などが集まり、そこに流れるゆるい時間の魔力こそ、廃業率40%とされるカフェを、皆がやりたがる理由かもしれません。

手軽なセカンドオピニオン


先月受けた胃の内視鏡検査と同時に行った生体検査の結果を聞きに行きました。自分と同年配の女性医師は鮮明な画像を指しながら、問題はありませんしピロリ菌検査も陰性でしたと明るい笑顔で言います。良い医者は患者とともに喜びますが、悪い医者は問題が見つかったときに喜びます。かかりつけの歯科医もそうですが、信頼している医師は、何かと理由をつけては検査や余計な薬を売りつけるようなことはしません。国民皆保険で誰もが医療にアクセスできる日本では、安易に医者にかかり、自分で学ぶことなく医師の権威を受け入れます。経験的には医師の3、4割は、専門用語を使い患者からの質問を封じようとし、大病院ほどその傾向が見られると思います。救いは、AIが手軽なセカンドオピニオンとして機能することで、人に寄り添えない医師が、AIによって駆逐される日は近いかもしれません。

ウリが見つからない


昨年11月に開業した駒沢パーククォーターの1階に入るNEIGHBORS BREAD駒沢店に行きました。渋谷、下北沢といった自分の行動範囲の一等立地に出店するSTANDARD BAKERS が手掛ける店です。宇都宮市大谷町に発祥したベーカリー&レストランは、地元では知られる存在でしたが創業地の店を閉め、都内のターミナル駅を中心に全国ブランドとしてデベロッパーに知られるようになりました。しかし、至って普通で、全くウリが見つからない不思議な店です。値段相応に上質ではあるものの主張しないパン、必要最小限の内装、BGMなしで、この業界にありがちなSNS映えや独自の世界観とは無縁で主張をしてこないのです。強いて言えば接客が良いことですが、おそらくデベロッパーにとって使い勝手のよい企業なのだと思います。立地にあわせて業態を細かく分け、個店ベーカリーのように「うちはこのスタイルでしかやらない」と固執しない点が評価されている気がします。

真冬がトップシーズン


寒い季節に身体を温める習慣は朝の入浴だと思います。普段より時間をかけて十分に汗をかいてから、水シャワーを浴びてドライエリアのインフィニティチェアに横になるのがこの季節のルーティンです。6時過ぎのマジックアワーの青い空を背景に、南下していく人工衛星をはっきりと目視できます。外気温は氷点下1度ですが、全身から湯気が立ち上る身体には、冷たさが物足りなく感じます。北欧のような極寒の地で、サウナが発達したのは必然だと思います。サウナ好きにとって真冬がトップシーズンな理由は、外気浴の気持ち良さにあります。サウナ室の気温や水風呂の水温より重要なのは、外気温が氷点下であることだと思います。サウナに可能性を感じるのは、閑散としたこの時期のリゾート地を、オフシーズンからトップシーズンに変えるゲームチェンジャーに見えるからです。

自由の副作用


先週誕生日を迎え、イヤイヤながらも人生が後半に入ったことを認めざるを得ません。今となっては一瞬に思えるサラリーマン生活を早めに退き、10年が過ぎます。ストレスのたまる宮仕えの頃は自由な休暇に憧れますが、自由にも副作用があります。ついつい自分を甘やかしてしまい、それが数日続く無意識の逃避に落ち込みます。そんな時は積極的に運動をしたり旅行をしても、たいした慰めになりません。サウナに対して外気浴があるように、人生は「緊張と緩和」、「ハレとケ」、「生産者と消費者」のような対極がセットになって初めて価値を生むと思います。FIREを実現しても必ずしも幸せが続かないのは、生きる力を失うからで、生産者と消費者の往復こそが、感性を錆びつかせない研磨剤かもしれません。生涯現役で働き、時折静寂な禁欲生活に戻ることが、今の自分の本音に一番近い気がします。

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