
ベトナムの独立記念日は1945年9月2日です。ダナンの9月2日記念碑はフランス植民地からの独立を記念するもので、仏領インドシナに進駐した日本軍が、欧米列強の植民地支配からアジアの国々を解放した証と言えます。アメリカの主張をわれわれは受け入れがちですが、イランの視点で考えると別の景色が見えます。国民の虐殺は許しがたいことですが、他方でアメリカの傀儡政権であったパーレビ王朝時代にも同じことをしています。イラン革命によって女性の社会進出は制限されるようになりましたが、他方で女性の教育機会が拡大し大学進学の6割が女性になりました。イランのイメージは宗教指導者が率いる狂信的なテロ支援国家ですが、1953年のイランクーデターによって民主的な政権を倒したのはアメリカです。正義はいつの時代も暫定的であり、「より悪くない社会」という単純化された意思決定により修正をし続けるしかないのかもしれません。
年: 2026年
プロ意識を感じない日本

先日のダナンでは平均3.9万歩ほど歩きましたが、荷物のある雨の日の移動にはgrabを使います。外国に出てうらやましく思うのは配車アプリの便利さで、市街地ならあっという間にマッチングされ2、3分で車が到着し、市場原理の働く料金は格安で、しかも安全かつ快適です。車を降りるとすぐにアプリが立ち上がり運転手の評価を聞いてきます。少し気になることがあったので、5段階評価の4をつけたのですが、grabでは4の評価を重視しているようで、コメントを要求されます。つまり1から3は明確な問題、4は改善のためのインプットになります。ダナンでは数度grabを使いましたが、いずれの車も日本のタクシー並みに清掃され、交通カオスのダナンにあってクラクションを鳴らすこともなく、安心して乗ることができます。Uberの方が既存のタクシーより事故率が低いデータもあり、プロフェッショナル意識を感じない日本は中途半端に思えます。
納得できる虚構

新年度が始まりました。4月1日はエイプリルフールですが、毎日のようにフェイクニュースに接していると、もはや全てが嘘に思えてきます。AIがリアルな画像を生成し、偽物の限界コストがほぼゼロになると、どの画像もフェイクを疑う必要があります。生成AIがそれらしい独創性を発揮すると、「オリジナリティ=本物」という概念も成立しません。フェイクニュースを他人事のように批判するマスメディアも、偏向報道の癖が抜けない点では警戒すべき相手です。自分は「本物を見抜く目がある」と豪語する人もいますが、狭い視野から見たその人なりの解釈でしかありません。誰が、いつ、何を切り取るかによって真実は変わり、現代の真実は多層的に構成されていると思います。つまり本物とは対象物そのものの問題ではなく、受け手にとっての納得できる虚構なのかもしれません。
旅行に必須の相談相手

AIの活躍は日常生活のあらゆる場面に及びますが、一番役立つのは健康相談だと思います。とくに体調を崩しがちな旅先の、慣れない土地では頼りになる存在です。1月のソウルは寒過ぎて風邪をひき、2月の釜山では肩こり、先月のダナンではあせもがでましたが、いずれも滞在しているホテルの徒歩圏の店と、買うべき商品を写真つきで値段まで教えてくれるので、店に行ってスマホを見せるだけで事足ります。ダナンの薬局は値段が適当な店もあり、吹っ掛けられることもありますが、地雷を踏まないための店選びまで教えてくれます。見るべきカフェや泊まるべきホテルもチャットを繰り返しているうちに精度が上がり、ほぼ外すことがなくなります。自分の趣味嗜好を詳細に至るまで把握しているAIは、こちらの潜在ニーズに先回りした提案をしてくれて、もはや旅行に必須の相談相手です。
車を操る自覚を取り戻す

ダナンでは電気自動車をよく目にしますが、他方で商用車などを中心にMT車もそれなりに走っています。渋滞の常態化する日本の道でマニュアルは敬遠されますが、今のマニュアル車は十分に安楽でむしろ実用的だと思います。昔のミッション車はクラッチが重く、シフトチェンジが気難しい時代もありましたが、今や坂道発進さえ気を使わず、どうやってもギアは入ります。楽をすれば際限が無くなり、より安楽になることで、やがて自動車を運転する自覚すら消失し、危険を招くと感じます。自分で操る喜びとともに運転に集中するようになると、長距離を走っても疲れません。MT車の事故率が低いという統計は知られますが、ペダルの踏み間違え事故が起こる可能性もほぼなく、同時に脳を活性化します。無自覚にぼんやり運転することが事故原因の一つであり、安全な車社会を築くには、車を操る自覚を取り戻すMT車が必要だと感じます。
日本が最高

富裕層の安住の地であったドバイが戦場となり、人々が逃げ出したとされます。どこに住んでもリスクはあり、花粉症の時期を除き、住み慣れた日本を離れるメリットはない気がします。ベトナムなどで普及するgrabの便利さは、リープフロッグ現象の恩恵を感じ、規制が厳しく新陳代謝の進まない日本にいると閉塞感を覚えます。他方で日本の非効率、高コストモデルは高齢社会との一定の整合性もあります。日本に戻り歩道を歩くとき、「すみません」という声が聞こえて自転車が抜いて行きますが、ダナンなら歩道を乱暴に走るバイクにクラクションを鳴らされます。自分が青の横断歩道を渡るときでさえ、殺到する車やバイクに目を光らせ、逆走車にも警戒をする必要がありますが、日本なら自動車は横断歩道を譲ってくれます。世界最高水準の治安や医療、デフレに鍛えられた物価など、日本が最高だと思うのは歳を重ねたせいばかりではない気がします。
木々の成長とともに完成に近づく



ダナンで印象に残ったカフェは、ジェフリー・バワ的なトロピカルモダン建築です。Cuckoo House Caféと呼ばれるカフェ兼住宅は、家族4人が暮らす住居とカフェを一体化した、いわばショップハウスの現代的解釈で、2018年に完成しました。1階部分をカフェと庭とし、その上に3つの台形型居住ブロックをテラスでつなぐ構造を持ち、地元の焼成レンガを用いた独特の建築美で知られます。バッファースペースと呼ばれるテラス・中庭・吹き抜けなどの半屋外空間で各機能を接続することにより、風や光を通しながら屋内外の境界をあいまいにし、プライベート性と開放感を両立させます。実際に訪れると、竣工時の写真を見たときの開放的な印象とあまりに違うことに驚かされます。壁ではなく植栽により階層的な配置を仕切る設計は、熱帯特有の強い光を柔らかく受け止め、竣工から8年が経ち、木々の成長とともに完成形に近づいているようです。
ノイズの多い株主総会

すかいらーくのM&A戦略に関心があり株主総会に行きました。一部株主による不規則発言が例年問題視されてきたようで、多くのスタッフを動員した厳戒態勢が取られます。近くにいた70代と思しき男性は、発言からは労働組合に関わっていたようで、社会のため、会社のためなどと言いながら飲み終えたペットボトルをスタッフに片付けさせるなど自分の権利にしか興味がないようで、近くにいた株主と開会前から小競り合いを起こしスタッフによって丁重に会場から連れ出されました。自分を大切に扱ってくれる株主総会は、この種の人には居心地が良いのでしょう。結局議事は順調に進みましたが、他方で株主の質問は株主優待や、店舗での些細な改善要求など、最高意思決定機関とは程遠い素人意見に終始した印象です。当社のような優待人気が高い企業ほどノイズが増え、株主質問権の確保と議事運営の合理化にもう一段の改善が必要と感じます。
本物より良くできた代用品

為替の影響により、日本人が気軽に海外に行ける国は減少しました。かつては日本人であふれたハワイなどは高嶺の花となり、おそらくもう行くことはない気がします。その代用品となりそうなのがベトナム第三の都市とされるダナンです。ホテルの屋上のプールからビーチ越に眺めるソンチャ半島の景色は、ワイキキから望むダイヤモンドヘッドに見えます。プールサイドを占めるのは欧米人で、ハワイと同じような音楽が流れ、打ち寄せる波を見ていると別にワイキキである必要を感じません。洗練された店が少ないかわりに、同水準のホテルの値段は5分の1で、人的サービスが手厚いとなると、ハワイに行く理由が見つからなくなります。車優先の交通カオスなどネガティブな面もありますが、治安が良く、どこまでも続く砂浜や日本人向きの食事など、本物より良くできた代用品に思えます。
内部充足型消費

ダナンから雨の東京に戻りましたが、花粉症の症状は出ません。ダナン初日と最終日に利用した空港近くのホテルの主人は、2週間ダナンにいてホイアンにもミーソン遺跡にも行かなかったことに驚きますが、消費のために走り回るより海岸やカフェでダナンの情緒に没入するだけで満たされる気がします。日の出と日没の頃に砂浜を素足で歩き続ける贅沢は、他の場所では味わうことができません。カフェで飲むココナッツコーヒーやアヴォガドアイスクリームも、店による違いが大きく飽きません。記号的な観光地を制覇する外部評価型消費は、行ったかどうかが問題ですが、土地の空気を吸収する内部充足型消費は、どう感じたかが重要です。カフェの隣の席に座る年配の欧米客は、スケッチを始めます。大量の写真を残すより、自分の内面を通して生まれた感情を記録することに価値がある気がします。