週末にフィアットの警告灯が点灯しヘッドライトが切れていました。14万km以上走って壊れたのは消耗品の電球だけですから車への信頼感は揺るぎません。最も大量に生産される大衆車こそ最良との信念があるのは、過去に乗ったより高価格な車がみな不具合を抱えて修理工場に行く必要があったからです。ポルシェはオートエアコンが壊れ視界を確保できなくなり、レンジローバは自慢のエアサスが壊れ走行できなくなりましたが、いずれもフィアットほどの距離は走っていません。無用なギミックや車の基幹部品が壊れる信頼性の低さは、これらの車が訴求してきた揺るぎないはずの信頼を破壊するのに十分です。仮にフィアットが壊れたとしても安い車だから仕方がないとあきらめもつきますが実態は逆です。自動車評論家は短時間のロードテストで車の印象を語り消費者はその評価の影響を受けます。しかし、自分の車になればアバタもエクボでNVHや高級感など仔細な問題であり、一番知りたいのは機械としての信頼性です。われわれの消費行動はいかに的外れな情報でミスリードされているかに気づくべきなのでしょう。
年: 2021年
見落としているのは自分自身
週末にロングトレイルを歩きましたが、運動は体に様々な恩恵をもたらします。その最大のものは食事が美味しくなることで、運動✕少食=最強のグルメだと思います。食事に対してストイックになると、ちょっとした刺激に味覚が敏感に反応します。食事が待ち遠しく、何を食べても美味しく感じます。美味しいものを食べて幸せを感じることと、何を食べても有り難い条件なしの美味しさではどちらが幸せかを考えさせられます。快楽追求の食事と生きるための食事の違いは、脳神経的美味しさと生理的美味しさとも言えます。美味しいものを求めると、期待値が上昇し美味しいものを食べ続ける必要が生じます。その結果美味しさの違いはやがて微細なものになり、微細な差の行き着く先は差異そのものの無意味化です。美味しいものを食べ続ける料理評論家は美味しさ以外の蓄えた知識を語るようになり、それはスノッブな言動に現れます。評論家と名の付く人は取るに足らない対象物の細事を一大事かのように語る傾向がありますが、見落としていることは食べ物を消化吸収する自分自身のことだと思います。
効能を知れば運動は楽しい
昨日は南アルプスの仙丈ヶ岳(3,032.9m)と大仙丈ヶ岳(2,975m)に登りました。TJAR後半の南アルプスへの入り口となる地蔵尾根は駐車場のある標高1,100mから3,000m超まで登るそれなりにスパルタンなルートでハイカーよりはトレイルランナーを見かけます。苔むした森林の美しさは魅力的ですが前半はほとんど標高を上げない往復27.4kmのトレイルの長さは一般向きではありません。累積標高は2,720mで多めに表示されると思われるカロリー消費は4,398kcalですが、無補給で一日歩いても何ら支障はありません。空腹時の運動はグレリンが分泌されエネルギーを作り出す細胞のミトコンドリアを強化するとされます。また断食により燃やすものが無くなると脂肪が原因でできる動脈中のプラークも退縮します。人が健康に生活をするためにはエネルギーを生み出すミトコンドリアと筋肉の強化が必要で、長時間の有酸素運動はミトコンドリアを活性化し、登りと下りで異なる筋肉を使います。とくに下りで破壊された筋肉を回復するときに大量の成長ホルモンが分泌され、血管強化や肌のはりをよくし糖質を吸収し糖尿病なども改善するとされます。こうした効能を知れば長時間の運動は楽しみに変わると思います。
再び野菜に回帰
野菜の一大産地である長野県に来ると食事は野菜中心になります。ベジタリアンではありませんが、肉より野菜が体に負担がかからないことに気づくと、崇高な理念や思想信条ではなく結果的にベジタリアンになります。他方で感情のコントロールに関連するセロトニン不足からメンタル的に不安定になるとの指摘もあります。しかし「○○を食べねばならぬ」との主張の大半は嘘か極論だと思います。そもそもほとんど何も食べずに健康を維持している人は世界に少なくとも数十万人いることを考えると、全てが矛盾する健康常識より自分が体感する健康実感を信じます。殺生を減らすベジタリアンはドーパミン分泌型食文化とは対照的で、欲を離れようとする精進料理にも通じます。外科医によるとベジタリアンの動脈はきれいで健康的だと言います。ポリフェノールやフィットケミカルは若返り効果や抗がん効果が期待され、体内でビタミンCを合成できない人類は主に果物と野菜から摂取します。国をあげて生活習慣病の克服に取り組む米国では野菜を食べるようになり、1990年代後半になると日米の野菜摂取量は逆転しました。戦後アメリカの食文化を模倣し続ける日本は再び野菜に回帰していくのでしょう。
自立あっての絆
3ヶ月間日本に戻っていた娘が渡英しました。昔なら頻繁に行き来するなど考えられませんが、生活費の高いイギリスにいるよりは、安い航空券で日本に戻る方がむしろ合理的です。疫病によって国境の壁は高くなりましたが、LCCの航空運賃が当たり前の世代は1ドル360円世代と違い、1万km隔てた2拠点居住は普通の感覚かもしれません。関西に住む同じ大学のルームメイトが東京観光で1週間ほど我が家に滞在しましたが、シェアリング世代にとって暮らしと旅行の境界も消えていくのでしょう。4人住まいが昨日から2人住まいになり家は広くなりましたが、お互いにあまり干渉をしないためか、娘が家にいることもいないこともデフォルトです。SNSやスマホを禁じられ月一度の文通しか許されなかった高校時代の留学時も、別段生活の変化はなく娘もホームシックにはならなかったと言います。家族の絆が強いと動脈疾患の発症が低いとされ、最後まで家族と一緒に暮らす高齢者の蘇生事例も報告されます。家族の絆は大切でしょうが一方で過干渉や依存が問題になるケースもあり、お互いの自立あってのことでしょう。
真贋を見抜く力
野田氏が出馬した自民党の総裁選ですが、選挙を競馬にたとえるのは言い得て妙です。野党の危機感をよそに盛り上がるレースは先行岸田、本命が河野なら、ネトウヨのアイドルと揶揄され泡沫候補扱いされてきた高市は差し馬でしょう。一般国民は蚊帳の外とは言え、国家観を持つ政治家こそが望ましく、軽々しく言説を変える人は信用できません。真贋を見抜く力が必要なのは、誰もが関心を持つ健康や幸福についても同じです。両者に共通することは、ノウハウとして語られることには真実がないことだと思います。幸福で重視されるのは各々が感じる主観的な幸福であり、それを無理やり型に当てはめ、こうすれば幸福になれる、健康になれると論じる説は信用できません。条件付きのノウハウに真実はなく、現代的な輝きをまとっていてもそれらは虚像であって、健康も幸福も昔から語り継がれて来たこと以上でも以下でもないと思います。幸福なら身の丈にあった生活で日常を真面目に生きることであり、健康なら腹八分目だけで十分でしょう。身の丈を超えた執着を克服したときに本質を見る目が培われると思います。
文化になるサウナ
以前から気になっていた屋外サウナを昭島で見ました。サウナの本場として知られ540万人の人口に330万のサウナがあるフィンランドの隣国エストニアのIGLUCRAFT社製の4人用サウナは機能的でデザインも魅力的です。エスキモーの家として知られるイグルー形状のサウナは、2018年にデビッド・ベッカムが購入したことでその名が知られるようになり日本でも10ヶ所程度が設置されています。温泉信仰の根付く日本ですが、入浴後の効果を実感しやすいのはサウナだと思います。温泉とは名ばかりの循環式の塩素風呂も少なくない現状を考えるなら屋外サウナはより確実に健康になれるかもしれません。焚き火の魅力と入浴を同時に楽しめるサウナは新甲子温泉の弱点だった寒さを魅力に変えられそうです。サウナ、水風呂、外気浴をワンセットにすることで交感神経と副交感神経の切り替えがスムーズに行われ、寒さを好むミトコンドリアも活性されます。抗酸化力が強いヒートショックプロテインHSP70が分泌されインスリンの感受性を上げるほか、発汗は排尿より重金属を排出するデトックス効果も期待できます。銭湯が減り入浴文化が失われる日本ですが、効率的に脳と体を整えるサウナが文化に根付く日が来るのかもしれません。
プリミティブな道具としての潔さ
三菱自動車が国内向け乗用車の車台開発をやめて、日産自動車との車台共通化をすると伝えられます。自動車メーカー単独の生き残りが難しい時代に目くじらを立てる問題ではないのかもしれませんが、1917年に日本初の量産乗用車を作った名門企業の決断には寂しさを感じます。最初に運転したのが叔父からもらった初代の三菱コルトギャランで三菱車には思い入れがあります。ラリーでの活躍など、三菱車の魅力はスパルタンな車作りだと思います。今でも納車一年待ちのジムニーがJeep伝来のラダーフレームにこだわるのは、プロの仕事を支える道具としての悪路走破性と、過酷な条件下での耐久性を譲らないからとされます。ホンダのN-VANもプロユースの商用車ですが、実際には乗用車的な上級グレードも売れています。ジムニーとN-VANは唯一買う可能性のある国産車ですが、その魅力はプリミティブな道具としての潔さを持つからだと思います。豪雪地帯なら雪道の走破性は命に関わる問題ですが、車の最後に残された魅力は、軍用機が機能美を帯びるような実用性がもたらすと思います。
現代消費は被害者なき犯罪?
怪しげな外国人の写真を貼ったフェイスブックの友達申請は今でもありますが、最近は日本人らしき名前で五毛党なのか少し変な日本語でコメントや動画、写真を送りつけてきます。この手のアプローチが絶えない理由はそれでも彼らの目的が達成できるからでしょう。不動産営業の電話も頻繁にありますが、いつも同じパターンです。騒々しい電話の背景音と裏返った声で落ち着き無く「永野さんの携帯でよろしいでしょうか?」と聞けばほぼ確定なのですが、以前ここで切ろうとして本当の用事だったこともあり一応会社名を聞いてから切ります。こうもワンパターンなのは、それでも成功する可能性があって電話をかけるコストが割に合うからで、誰しも魔が差すことはあるのでしょう。詐欺は心の隙間を狙いますが寂しい人と欲に目がくらんだ人だけがターゲットではありません。不用品を売りつけることでしか成立しない過剰消費社会においては、どこまでが商行為でどこからが詐欺なのかは判然としません。それが問題視されないのは、売り手ばかりでなく買い手も共犯関係にある被害者なき犯罪だからでしょう。
最強のアンチエイジング法
屋外で行う山岳競技まで中止に追い込まれる世の中ですが、一人ひとりが勝手にトレイルのコースレコードを計測するFKT(Fastest Known Time)は新たな競技として根付くと思います。今や高額なGPSウォッチがなくてもスマホで簡単にコースタイムをクラウド上に記録でき、区間ラップも教えてくれるので反省材料を見つけることもできます。アドレナリンが出るレースならではの雰囲気は代えがたいものがありますが、一方で無理をして転倒などのリスクを取りたくないので、体調を見ながら好きな時に計測できるFKTにはメリットがあります。昨日は西岳と編笠山を2時間半ほどで回りましたが、肥満していた20年前なら、休み休み半日以上かけて歩いたコースです。所詮素人のお遊びとは言えその記録が年々早くなり身体能力が今も向上していることを考えると、アンチエイジングは部分的とは言え現実に起こると思います。アンチエイジング医学が本当の病人より効率よく儲ける手段になっていることとは逆に、必要なのは少食と運動と挑戦することだけで、朝食を摂らずに山に入るFKTは最強のアンチエイジング法だと思います。