重いテーマが軽薄に消費される時代

ウィルス騒動で霞む国家存亡の大惨事から9年が経ちました。そして今は消費増税で10-12月GDP が-7.1%となり、武漢ウィルスが追い打ちをかけ、戦争で3回中止されたオリンピック開催の可否が注目されます。生命への危険が回避されると心配事は経済に移ります。この1ヶ月ほどインターネットに接続する時間が増え、つい見てしまう識者の解説は心配事を増やし、人間の欲や保身への憤りが身体を不健康にします。遠い祖先は自然現象を神の意思と捉えて恐れましたが、現代人は人智を超えたものへの畏敬の念を失い唯一の拠り所は金銭欲です。気候変動問題を熱弁したアル・ゴアの自宅の電気代が問題視されたように、理想を掲げる人のなかには言行不一致のご都合主義者が少なくありません。環境活動家の背後にはそれをプロデュースしてマネタイズする仕組みがあり、幸せを語る識者が裏では法外なギャラを要求する姿はタバコ臭い健康食品店のようなものです。重いテーマが軽薄に消費される時代こそ、真贋を見抜く洞察力が必要だと思います。

宿泊業界こそチャイナデカップリング

レバノンがデフォルトを宣言しドミノが危惧されるなか韓国ではアジア通貨危機の悪夢が蘇ります。2月の中国製造業PMIがリーマン・ショックを上回り過去最低を示したように世界のGDPの低下は必至で、パンデミックが収束しても経済損失は2兆7,000億ドルとされます。これまでの経済危機と異なるのは人の動きが制限されることであらゆる産業で日銭が止まり始めたことです。年度末に向かい急な動きで経済が失速することを多くの人が実感することは過去にはありませんでした。宿泊業界はその最大の被害者ですが、即効性を狙ったアベノミクスの生み出したインバウンドバブルの責任とも言えそうです。安普請の店が増えて風情を失った京都は24ヶ月連続で日本人客が減り、上質な国内マーケットが敬遠するようになったのは銀座も同じです。宿泊業界はバブルの後始末でリセットすべきところをインバウンドバブルで延命させた格好です。世界はチャイナデカップリングの動きを強めていますが、観光宿泊業界は国内需要を諦めずに活性化すべきなのかもしれません。

気の利いた助言などできない

週末に娘の高校の卒業式ならぬ卒業証書授与式がありました。大半の生徒が出席しましたが滞在を延ばして今もルワンダにいる娘は欠席しました。中学に入った頃から我が家では娘は放任状態ですが、直感に従い行動することの重要性が増す時代には旧人類の親は気の利いた助言などできず、見守るしかありません。社会の価値観に従う右肩上がり経済、終身雇用世代と、自分の価値観を貫けるポストバブル世代では生き方は大きく異なります。端的に言えばリンダ・グラットンの言う3ステージからマルチステージへのパラダイムシフトです。マルチステージ時代は誰も考えなかった発想と、それを検証するサイクルからビジネスが生み出され、行動力とスピードが全てだと思います。ウィルス騒動は金融危機から世界同時不況を引き起こす時代の潮目を象徴する出来事になる気がします。世間の常識的価値観に囚われ一見安定した仕事につく生き方こそ危険であり、他人の常識から離れ自分の使命を見つけ心の奥底から満足と喜びがわく仕事を軸にする生き方こそが環境変化に柔軟に適応できるのだと思います。

不誠実を洗い流すパラダイム転換

不気味な広がりを見せる新型ウィルスは、3割近くの人類が感染したとされるスペイン風邪に似た感染力や致死率と指摘されます。IOC幹部によるオリンピック開催判断期限の言及もあり経済や社会生活への影響は計り知れません。リーマンショックを超える激震の震源地である中国は「他の国と同様、中国もウィルスの被害者だ」と公言するなど問題が起こるたびに利己的な人間の醜さが現れます。日本人客が多い理由で横浜に係留されたクルーズ船はイギリス船籍、米国運営なのに「浮かぶ武漢」と米英からの日本批判に利用されました。権力対峙を気取る国内のマスコミも日本の感染者数を増やすためにクルーズ船の感染者をカウントして世界に発信します。ビジネスの世界でも信義や誠実さよりも利己的な儲けのみを優先する短絡的な思考が広がっているように思えます。勝ち負けや儲けを追求するあまり、世界は人としての正しい道を見失ったと思います。米国で小学生1,500人を80年間観察したスタンフォード大学の研究によると長寿に最も関係する性格は誠実性でした。誠実性が感じられないオールドメディアが遠からず淘汰されるように、誠実さを失った企業や政治が洗い流されるパラダイム転換が始まる予感がします。

日本人の都会への執着

フィアットの警告灯がエンジンの異常を示し整備工場に行きました。氷点下10度の長野県と東京の始動時の気温差20度をセンサーがエンジンの異常と認識したようです。5年で11万km走って生じた不具合は過敏な警告灯だけで、手をかけるのはよほど汚いときに洗車機にかけるぐらいです。以前乗った車はよく自分で磨きましたが、きれいにしないと気が済まなくなり精神衛生上良くありません。手をかけないのに健気に走るフィアットには愛着を感じます。人間関係もモノとの関係も適度な距離感が心の平安のためには必要だと思います。こだわりと執着は双子の兄弟で、過剰な期待をすれば裏切られたときに失望します。こだわりがなければ自分らしさを失うと昔は思いましたが、今は食べ物、洋服、車や持ち物にもこだわりはなく、あるとすれば機能性に対するコストパフォーマンスだけです。先進国に限れば都市的なものに強いこだわりを持つのは日本人だけのような気がします。海外に比べて洗練された暮らしが地方に少ないのは、都会への強い執着があるからだと思います。

オールドメディアの終焉

武漢ウィルス騒動で決定的になったのはオールドメディアに接しなくなったことです。騒ぎを煽って視聴率を上げる低俗さや無責任な報道姿勢が目立ちます。普段から膨大なジャンクメールを送りつけてくる新聞社系サイトは有料記事に誘いますが、今どき偏向報道にお金を払う人などいません。オールドメディアの権威が通じるのはデジタルデバイドの一部の年配者ぐらいでしょう。一方でYou Tubeやブログは主張とスタンスが明確ですからバイアスに騙されるリスクが下がり複数の識者の話をつなぐと妥当な見解が見えてきます。オールドメディアと同様に問題なのが国民の関心の無さだと思います。民度が上がらない限り国家の哲学や国のあり方を根幹から決める議論は進みません。何かと言えばすぐに戦争に結びつけて騒ぐような左翼のバカバカしさも明らかになりました。軍事衝突よりリーズナブルな細菌兵器への備えのなさを世界は身を以て証明したのかもしれません。

武漢騒動の功名

卒業旅行でルワンダを訪れている娘は高校の卒業式が中止になったことを幸いに滞在を10日間延ばしてボランティアをするとラインをしてきました。中国からの入国禁止を躊躇しているうちに今度は中国が日本からの入国を制限するという逆転現象が起きウィルス発生源は中国とは限らないと言い始めました。媚中政治家は中国にお礼に行きたいと言い、中国に振り回された日本は共犯にされかねません。お上や権威に従うことに慣らされた日本はこれまでは米国追従で自分の頭で判断する必要がなかったのですが、日本の渡航制限に言及するトランプはそこまで親切にするつもりはなさそうです。WHOに入れてもらえない台湾が1月初旬の総統選の頃には早くも武漢ウィルス対策を始めて矢継ぎ早に打つ対策で発症数を抑えてきたのとは対象的です。重要なことはこの試練からいかに学びそれを活かすかだと思います。

貨幣経済を離れる野生システム

昨日は「GO WILD 野生の体を取り戻せ!」を読みました。純粋に楽しみとして読み返す本のうちの一冊です。この本の真骨頂は「野性的な先住民は現代人よりはるかに賢い」という主張です。世界的なウィルス感染拡大が未知の領域に進む今、「文明以前の人間が持っていた野生を今こそわれわれは必要としている」と断言する著者の言葉に重みを感じます。現代人を万物の王者とみなす考え方に真っ向から対立するその主張は、最初に読んだ5年前とは違い今は強く賛同できます。進化生物学者は、人体はこの4、5万年の間に生物的な進化をしていないと指摘します。農業文明が定着して1万年が過ぎてやっとわれわれは小麦の悪魔性に気づきましたが文明病は世界に蔓延した後です。「再野生化」は文明病を克服すると同時に幸せに近づく道でもあります。幸せの三要素は時間の自由、健康の自由、お金の自由です。われわれが誤解して来たのはお金の自由とは、お金に不自由しないことではなく、執着と束縛の元凶である貨幣経済を離れることだということです。

最大のネガティブリストは自分らしさの放棄

店の店頭から生活用品が消える光景を見ると東日本大震災や古くは70年代のオイルショックを思い出します。9年前もわずか5Lのガソリンを買うのに30分並びました。人は希少性に引きつけられ群がります。希少性は常に需要を呼び起こし、希少であることより人々が希少だと認識することが高い価値を生みます。一方人生における究極の希少資源は時間でありその使い方が人生を豊かにします。スティーブ・ジョブズの「今日が人生最期の日だとしたら、今日の予定は本当にやりたいことだろうか」という言葉を思い出します。癌になった後の彼は何かを選択をするときに自分はじき死ぬことを思い出したと言います。死を目前にしたら、目先の快楽や非日常、プライドや執着など些細なことに思えます。生きる時間を制限する死は同時に人生に意味を与えてくれます。本当の幸福は自分らしく生きることであり、より具体的に言うなら使命を果たし常に成長することだと思います。人体の構造からして物凄く幸福という状況は存在しません。その点で幸福はポジティブリストではなくネガティブリストなのでしょう。最大のネガティブリストは自分らしさを放棄することだと思います。

濃厚接触が不可避な都市的な生き方

昨日は「ブルーゾーン 世界の100歳人に学ぶ健康と長寿のルール」を読みました。世界の長寿村を調査した本は多数あり、この本も含めて調査対象地域はそれぞれ微妙に異なりますが導かれるエッセンスはほとんど同じです。元気な長寿者がきわめて多いエリアを青いインクで囲んだことから呼ばれるようになったブルーゾーンの特徴は、食などの伝統文化が色濃く残り、ストレスにならない程度によく働き、家族やコミュニティの連帯が強く、生きがいや強い目的意識を持て、少食で野菜中心の食事、安息日を持つなどある種の信仰心にあふれることが共通しています。一方現代の都市には大量生産のジャンクフードがあふれ、仕事はストレスを生み、核家族化や単身世帯が増え、刹那的な娯楽に目を奪われ、肉食が奨励され、信仰心は初詣ぐらいとまるで逆です。人類史から見ればわずかな点に過ぎない都市の生活を与件にわれわれは生きていますが、阪神淡路や東日本の大震災をきっかけに少なからぬ人が人生を変え始めたように、一連の武漢熱騒動をきっかけに濃厚接触が不可避な都市的な生き方を見直す人が出るのかもしれません。

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