別の本能が挑戦に駆り立てる

トレイルレースの素晴らしさを理解しているつもりの自分でも理解を超えるのが、「マイラー」と呼ばれる100マイルレース完走者の急激な増加です。ぼくのまわりではマイラーが普通になり、そこにチャレンジする人も後を絶ちません。この週末も妻や多くの友人がそうした長距離レースに挑戦しました。なぜ人は自ら進んで苦難の道を求めるのか?なるべくエネルギーを使わずに楽をして生きたいというのは動物としての人間の本能です。しかし人間の身体には過酷な人類の歴史に適応するために遺伝子に刻まれた、普段は目を覚ますことのない別の本能があり、それこそが人を挑戦に駆り立てている、というのがぼくの仮説です。

教育こそが日本を変える

昨日は留学中の娘の通う高校で理事長の話を聞きました。学校といえば退屈な場所と相場が決まっているのですが、ことこの学校に関しては、いつも気づきと感動があり清々しい気持ちになれます。それは理事長以下教員が本音で生徒と向き合っているからだと思います。常に創意工夫で前に進もうとする学校の姿勢に、教育に携わる貴重な機会を与えられている自分も、全力で学生と向き合わなくてはいけないと思う一日でした。教育こそが日本を変えるのだと思います。

人生を会社任せにしてはいけない

昨日は工事を頼むために、紹介された某ホームセンターに電話をしました。最初に電話に出た人間も紹介された人間も超やる気がなく、あまりにも迷惑そうな対応なので途中で電話を切りました。かつては上場していた企業ですが、二度と行くことはないと思います。やる気のない人間と話していると生気を奪われます。このような仕事をしている人の人生に運が向いてくることはないと思います。以前なら会社が悪いと思いましたが、今は自分の人生を会社任せにしている本人が悪いと思うようになりました。

一番の変化は自分自身

八王子の日本工学院に水曜日と木曜日に伺い始めて1ヶ月が経ちます。高尾山まで車で15分ほどのキャンパスは早朝にトレイルランニングができる最高のロケーションです。スポーツカレッジの素晴らしさは引きこもりとは無縁なはつらつとした学生が多いことです。15年お世話になった立教大学とは環境が異なります。一番の違いは学生の出席率が高いことで、教員も遅刻しそうになると走り、1分でも遅れると学生に遅れたことを詫びています。講義室前に授業告知シートを貼り出すのも初めてで、そこには「元気な挨拶・本気の授業」という標語が書かれています。環境の違いだけでなく、ぼく自身も立教大学時代とは変わり、より本音で学生と向き合うようになりました。立教大学では教室がうるさくても怒ることはしませんでしたが、こちらではすでに三回ほど声を荒げて叱り、学生を退室させたこともあります。以前なら自分は学外の講師だし、学生による授業評価も悪くなかったのでそれ以上踏み込むことはありませんでした。一番の変化は自分自身です。

早朝の高尾山はリトリート

昨日は日本工学院での授業の前に早朝の高尾山に登りました。最初の1.2kmで標高差250mほどを登る頃には呼吸も安定し汗が噴出します。そこから2kmはランニングに最適な気持ちのよいトレイルで、この頃になると全身に血が回り筋肉の動きがスムーズになります。最後に標高差100mほどを登るとそこから3km以上の幸せな下りが始まります。5時前でもハイカーが登ってきますので、速度を抑え気味にリラックスして走りますが、それでも50分ほどで往復ができ、仕事前に身体を整えるのには最適な運動になります。

シェアリングエコノミーが世界を救う

政界や経済界に明るいニュースは乏しく、前例踏襲に明け暮れる政治家や企業の時代は終わると思います。他方で閉塞感漂う世界にあって明るい兆しを感じられるのはシェアリングエコノミーの台頭です。米国の未上場スタートアップ企業の上位は軒並みシェアリングエコノミー銘柄です。シェアリングエコノミーこそ、拝金主義者に乗っ取られた資本主義が限界を迎えた今日に現れた救世主です。個人が個人として能力を発揮して生きることができる時代がすでに始まっていると思います。思考の固着したサラリーマン経営者に率いられる生産性の低い組織が淘汰されないことこそ不自然です。立場が変わると世界を見る眼が変わります。

身勝手な鹿の湯のレジェンド

昨日は那須湯元温泉にある鹿の湯に行きました。ここの魅力は源泉かけ流しの硫黄泉と湯治場風情です。客の少ない昼食時の浴場に天井から光が差し込み、冷たい風にあたっていると青森や秋田の湯治場そのもので、遠くまで出かける必要を感じません。もうひとつの鹿の湯の魅力は人間模様です。一見客の行動はいつも予想通りですし、年間100回以上は来るというレジェンドたちの行動も興味深いです。レジェンドに至る登竜門は「湯もみ」です。うまい人は上体を動かさずに素早く回すのでスキルレベルが分かります。ぼくは温泉会社の人を真似て、板を垂直方向に沈めて水平方向に戻す簡単なやり方をしますが、八の字にまわす亜流もあります。より上級者になると湯温調整をします。温泉の流れる樋を傾けるだけなのですが、ほかの浴槽の湯量が変わるために素人が手を出しにくい雰囲気があります。最上級者になると、浴槽の栓を勝手に抜いて、湯量を半分ぐらいまで減らして持参した湯の花で温泉成分を変えてしまいます。こうなると単なる身勝手としか言い様がありません。

多拠点居住の課題

今朝は2時に東京を出て福島に日帰りをします。土曜日に福岡で開かれた九州シェアリングサミット2018でも、多拠点居住における移動コストや負担感をどうするかがひとつの論点になっていました。新甲子温泉までの移動には車を使っており、普段は国道4号線を使いますので、片道のコストは燃料代の1,500円程とさほどの負担ではありません。時間も今朝のように夜中に東京を出れば4時間弱の所要時間です。自動車の移動中は瞑想を取り入れるとリラックスした集中ができ、アイデアを出したり考えをまとめたりして時間を意味あるものにすることができます。今朝の那須は雲間から太陽が覗く弱い雨で気温は10度ほどです。

食事がもたらす心の静けさ

昨日はシェアリングエコノミーのイベントがあり福岡に日帰りしました。福岡はホテルを開発していた頃、頻繁に来ていた場所です。旅行に行く楽しみの一つは食事だと思いますが、ぼくは食べることへの執着があまりありませんので、終日のイベントを利用して1.5日の断食をしました。ぼくにとってはどこで何を食べるかより、自分がどのように食べたかの方がはるかに重要です。高級料理店やその場所ならではの食事に興味がないわけではありませんが、自分と向き合い食べる普段の味噌汁や納豆とそれは同価値です。誘惑の多い飽食の時代に脳が作り出す幻想と距離をおくことは困難ですし、皆がそんなことを始めれば経済が回らなくなります。しかし、ストイックな状態で食事を通じて自分の内面と向き合う心の静けさを知ってしまうと、食べることに関する考え方が大きく変わります。

走ることの心地よさ

トレイルランニングの本格シーズンを迎えやっとお腹の贅肉が落ち始めました。もちろん痩せるために走っているわけではなく、瞑想でいうところの「リラックスした集中」状態で自分の内面と向き合う時間が至福のひとときだからです。とくに好きなのはスピードの乗った下りで、一歩一歩の着地に全神経を集中させ、同時に森を抜ける風のゆらぎや鳥たちのさえずりにリラックスできます。そのスピード感とスリルは、以前好きだった自動車の運転の比ではありません。数百万年の人類の歴史においてヒトは走ることで獲物を獲て生き延びてきたはずで、人間の身体や遺伝子は走ることを前提に設計されています。それゆえ走ることが無性に心地よいのだと思います。

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