
健康志向の世の中になる前は、健康オタクはバカにされる存在でした。楽しみを我慢する人生に何の価値があるのだ?という主張はもっともに聞こえますが、楽しみの大半は脳の一部が喜び体とは分離した快楽です。美味しいと感じるその味覚は食品産業が作り出した刺激によってハックされたものです。将来のために今を犠牲にするなんて馬鹿げている、と言う声も聞きます。太く短く生きたいという趣旨ですが、問題はその行く末が「細く、長く、苦しむ」現実になることです。「俺の人生だ。他人に指図される筋合いはない。」という文句も聞きます。しかし、本当でしょうか?自分の意志で選んだと信じている商品、必要だと感じている商品は、メーカーのマーケティングによって刷り込まれ、産業の最高の顧客になっているだけかもしれません。自分の持ち物で磨くべきは、唯一与えられた肉体だけだと思うのです。
月: 2025年8月
最高の状態で脳が起動する

長野県の朝のルーティンは、3時間かけて西岳と編笠山に登ることです。これは単なる気分転換やリフレッシュを超えた、脳の生産性を最大化するプロセスだと思います。朝一番の有酸素運動はBDNF(脳由来神経栄養因子)の分泌を促し学習、記憶、高次の思考を司る神経細胞を育て保護します。山頂で浴びる太陽はサーカディアンリズムをリセットし、覚醒レベルを最適化します。空腹状態で運動をするために脂肪が燃焼し、脳にとってクリーンで安定したエネルギー源であるケトン体が使われ、血糖値の乱高下によるパフォーマンスの波からも解放されます。適度な負荷の登りはDMNが活性化することでアイデアが生まれ、不整地でスピードを上げる下りは脳に膨大な情報処理を要求し、強制的なマインドフルネス状態になります。さらに自然と同化する森林浴の効果が加わり、単なる運動を超えて、最高の状態で脳が起動する気がします。
転地効果と生産性

長野県の富士見高原に通いはじめて30年が経ちます。東京に最も近い長野県は、同時に最も近い高原とも言えます。八ヶ岳山麓の別荘地のなかには標高1,700mを超えるツワモノ物件もありますが、標高1,300mでも避暑には十分で、8月以外はストーブを焚きたくなります。別荘地が一番賑わったのはおそらく1970年代ではないかと想像するのですが、今や周囲は空き地や空き家が目立ち寂れた風情です。それでもコロナ禍とリモートワークの普及により新しい家が建ち始め、多拠点居住の候補地としては有力かもしれません。知名度が低いわりに、県の関わる別荘地ゆえに、スキー場、陸上トラックや温浴施設などが充実し、物件価格だけではなく管理費が安いこともメリットです。標高1,300mは山へのアクセスも抜群で、微妙に雪の降る地域ですから冬の銀世界も楽しめます。転地効果による仕事の生産性向上を含めると、移動コストや時間は妥当に思えます。
一番恐ろしいのは嘘をつかないAI

日本語の出力が自然になるなど、地味な進化をしたと言われるGPT-5が発表されました。お世辞を言わなくなったことに、旧バージョンに戻せという炎上も起きているようです。いずれにしても、生成AIのレベルがここまで来ると、むしろ進化することに脅威を感じます。基準が曖昧な分野でも学習できる新しい強化学習の手法を取り入れたことで、ハルシネーションと呼ばれる嘘をつく頻度が減ったと言われます。ビジネスパーソンが生成AIを使わない理由は、情報漏洩のリスクと、もっともらしく嘘つく性癖です。虚偽または誤解を招く情報を、事実かのように生成AIが応答することは日常的ですし、どういうことを聞くとデタラメの回答をするかは使っていれば分かります。むしろ一番恐ろしいのは、AIが嘘をつかなくなる時で、人類がそれを妄信して従う未来こそ悪夢でしょう。
命への無頓着さ

8月15日、深夜の甲州街道は快調に流れています。不正に改造されたRX-7が、流れを乱すように追い抜いて行きます。前方で小動物が道路を横切るのが見え、RX-7が走り去ったあとには黒猫が倒れていました。流れに従っていれば避けられたはずです。意味もなく改造し、意味もなく騒音と燃料をまき散らし、意味もなく命を奪う。人間の存在に意味など求めるべきではないのかもしれませんが、80年前の戦争に意味がなかったとは思いたくありません。昨年から今年にかけて亡くなった両親に、もっと戦争の話を聞くべきでした。父からは撃墜されたB29を見に行った話を聞いたことがあります。今なら聞きたいことはたくさんありますが、そのときはなぜか話が弾みませんでした。父は何かを伝えたかったのかもしれない、と思うと後悔が残ります。他者の命への無頓着さという愚かさが、戦争の絶えない現実を生み出すことを、戦後世代こそ直視すべきなのでしょう。
自分の感覚こそ最高のセンサー

連日、日の出前から西岳と編笠山に登りました。体が慣れ今朝は先週より6分短縮でき、グリップの良い靴と気温が下がる9月なら2時間台でラウンドすることは難しくなさそうです。次の目標は4年前のタイムである2時間半で周回することで、そのためには下りを走れる筋肉が必要です。怪我のリスクがありますのでFKTのようにコースレコードを狙うことはありませんが、タイムが改善することは運動へのモチベーションを高めます。GPSアプリがチェックポイントごとのタイムを計測しますので、運動パフォーマンスと前日の食事や睡眠、登りのペース配分を振り返ります。その日の体調と計測タイムは比例していますので、「自分の感覚」こそが最高のセンサーと言えます。あまり健康常識を信用しないのは、最大公約数に向けられたガイドラインと、自分の感覚にはずれがあるからです。
無補給で1,000km走れる

夏休みの自由研究は「ファットアダプテーション」です。体が抱える脂肪を効率的に燃焼させる回路を活性化させると、無限とも言える燃料を手にすることになり、体重60kg、平均的はBMIの男性の場合、無補給のまま理論的には1,000km以上の距離を走れる計算です。しかもインスリン分泌が大幅に抑制されるために血糖値は安定し、空腹感をあまり感じず、ハンガーノックとは無縁のまま安定したエネルギーレベルを維持できます。一部のウルトラエンデュランスランナーが気づいた、太古から続く人体の神秘が科学的な裏付けを得るには、2016年の「FASTER Study」を待たねばなりませんでした。TJARのような400km超の山岳レースを、なぜ人間は走り切れるのか、58歳のマルコ・オルモが100マイルレースの最高峰UTMBで、なぜ二年連続優勝できたのか、といった素朴な疑問が氷解します。長野県にいると、理論ばかりではなく自分の体を使った人体実験もでき好都合です。
細マッチョが健康長寿

EBMが叫ばれ久しいですが、世の中のエビデンスと呼ばれるものの多くは、特定の主張をもっともらしく化粧するための道具だと思います。たとえば「老年期は小太りが長生き(BMI 25〜29.9が最も死亡率が低い)」というデータがあります。これを真に受けて、歳をとってからは多少太った方が健康的と考えるのは危険だと思います。多くの嘘の手口は、相関関係を因果関係と錯覚させることで人を欺きます。この種の疫学研究の結論を歪める理由は第三の因子の存在で、この場合標準的なBMIの高齢者のグループには、すでに重篤な病気を患い体重が減少した人が含まれます。つまり、「健康的な痩せ」と「不健康な痩せ」を混同することで、致命的なミスリーディングが生じます。健康な百寿者がそうであるように、細マッチョこそが健康長寿の秘訣であり、信じられるのは自分の体が発する声だけなのかもしれません。
生き残るためのAX

新卒入社したばかりの娘は、今週は長野県でリモートワークをすると言います。サービス残業や長時間労働、パワハラにも寛容だった時代を知る世代からすると、隔世の感があります。それでも「最近の若い者は」と嘆く気になれないのは、長年の経験に基づく直観やそこに至る努力は、もはやビジネス界におけるプレゼンスとは言えないからです。AIが普及をすれば長いだけの経験に価値はなく、DXを背景とした新・新人類の出現は、かつてのネアンデルタール人のように、旧・新人類を駆逐してしまうかもしれません。他方で、DX化による便利さは、PayPayに紐づけされ口座の預金が引き出されてしまうように、脆弱な面もあります。結局のところ、われわれ旧・新人類が生き残る方法は、経験に裏打ちされた感性や審美眼といった、身体化されたアナログ・トランスフォーメーション(AX)しかないのかもしれません。
繰り返される奇跡

今の時期に隔年で開かれるTJARは、今年はありませんがその裏レースとして、日本海から太平洋まで富士山をはじめ日本の主峰を超え、もはや本家を凌駕する4、500kmの大会が開かれます。唯一関心があり感情移入できるスポーツはトレイルランニングで、北アルプスに観戦に行くこともあります。TJARに世間の耳目が集まるのは、人体の無限の可能性を感じるからだと思います。7年間毎日欠かさず、長い時には80kmを超える山道をわずかな粗食で歩き続ける千日回峰行にせよ、58歳のマルコ・オルモが100マイルレースの最高峰UTMBにおいて2年連続優勝した偉業も、現代栄養学が説明を避けてきた、無限とも言える人体のエネルギー産生メカニズムによるものです。こうした奇跡は、人類の歴史において幾度となく繰り返され、科学は常に修正されてきたのでしょう。