自分で作ってもそこそこの店並

昨年の菓子市場は生産数量、生産金額、小売金額が6%減となったと報じられます。巣ごもり需要の反面、観光地やインバウンド需要の大幅なマイナスを受けた形です。菓子類をよく買いますが、甘過ぎる市販スイーツの健康リスクを考え最近は自分で作るようになりました。アイスクリームやチョコレートムース、ティラミスをよく作りますが、これらは材料も調理工程もほぼ同じで調理時間も5分ほどと簡単に作れます。自分で作れば安上がりな上に、何より砂糖の量を減らせ無添加で自分好みの味にできるメリットがあります。食べ過ぎることを除けば良いことばかりで、加えて調理プロセスの短縮化は興味の対象になります。ネット上には膨大なレシピがあり、それらを見比べると合理的な調理法が学べ、さらに工程を簡素化して最短時間で簡単に作れる方法を探すのは一種の喜びです。卵黄に生クリームを混ぜるより生クリームに卵黄を加えた方が手早い、といったコツを加えれば調理時間はさらに短くなります。自分で工夫した手抜きレシピなら自分好みで呆気ないほど簡単に作れ、そこそこの店並の味になることは新鮮です。

愛すべき機械ではなくなった車

飽きた頃に壊れる工業製品が良い商品と言われましたが、乗用車の平均使用年数はバブル経済最中の平成元年の9.09年から現在では13.26年へと伸び続けています。レシプロエンジン車最後に乗るべき一台は何かと考えますが、食指が動く車はありません。そんなときに癒やされる動画が「名車再生!クラシックカー・ディーラーズ」のような年代物の車をDIYでレストアする番組です。購入した中古車を修理して転売する過程を描くドキュメンタリーは、料理番組のように小気味よく痛快です。自分で車を修理した電子制御化以前の世代にとってその手際良い作業が懐かしいだけでなく、70年代、80年代の車を見ると自動車雑誌を貪るように読んだ頃の憧れが蘇ります。今の若者が車に興味がないのは、豊かな時代が生み出す車が愛すべき機械ではないからだと思います。メーカーにも自覚があるようで日産はGTR、トヨタは2000GT、マツダはRX-7といったスポーツカーを中心に旧車維持活動を始めています。キャブレターやマニュアルトランスミッションなどの対話手段を失った時から車との関係は希薄になり始めたのでしょう。

小麦が人間を栽培している

我が家で合法麻薬と呼ばれる食パンを時々業務スーパーで買います。その強毒性を考えれば天然酵母であろうが免罪符になりません。精製された小麦で作られる食パンはそのGI値の高さからして世界最安、最強の合成麻薬と言えるでしょう。しかしフィトンチッドやラジウム泉が人体に良いように、微量の毒はホルミシス効果によりミトコンドリアを活性化し人を健康にするとされます。われわれは食べることについて大きな思い違いをしていて、食べる喜びを決めるのは神経伝達物質の分泌量と受容体の感度で決まることです。贅を尽くした高級飲食店の美食の喜びと、ときには4、50円で売られる食パンがもたらす幸福感は実はあまり変わらないのです。この不都合な真実を知るなら余計な出費をせずに日常を美食の喜びに変えることができます。中毒にならない程度の自制心は必要ですが、きつね色に焼かれたトーストほど人間を魅了する食べ物はありません。小麦が人間を栽培しているという比喩は真実でしょう。

今も昔も犬との関係は特別

昨日はラブラドールをシャンプーに連れて行きました。我が家に来て7年ですが、先代のラブラドールも含めてプロにお願いするのは初めてです。普段はあまりかまってもらえない我が家のラブラドールにとって、爪切りや歯磨きまでしてもらえて休憩を含め3時間ももてなされ、おやつまでもらえるとなれば天国でしょう。年に1、2度しか行かない病院でさえ、行くと分かると狂喜し先頭を切ってぐんぐん引っ張ります。こうした店が成功する秘訣は犬の満足度を上げることで、犬を溺愛する飼い主にとって犬の喜ぶ姿に勝るものはありません。前日と翌日には体調を確認する電話がありアレルギーなどを確認し、シャンプー中の様子を細かく記録される人間以上の手厚さです。アンケートに答えると犬が喜びそうなおもちゃがもらえ、次回以降の魅力的なプロモーション価格が提示されるなど、この業界の競争の激しさを感じさせます。家畜の歴史がせいぜい1万年なのに対して、犬は3万年前から生きた道具として人間のために働き、ほとんど進化しなかった石器に対して狩の生産性を飛躍的に向上させたとされます。今も昔も犬との関係は特別なものでしょう。

15人家族が最適?

娘が英国に出かけ夫婦とラブラドールの生活に戻りました。ニュージーランドで高校の一年間を過ごしたときは電話もSNSもメールも禁じられていたので多少の寂しさもありましたが、今はいつでもつながれます。日本にいてもインターンなどで東京を離れることが多く、家に居ることも居ないこともデフォルトの付かず離れずの距離感が適当と感じます。親子に限らず人間関係は蛋白過ぎても味気なく、濃すぎても煩わしく、どちらかが優位に立とうとしたり、あるいは依存するアンバランスな関係を続けていると結局は自分を欺くことになります。人類史における祖先たちの集団の大きさについては諸説ありますが、10人から20人程度の血縁集団で暮らしていたと考えていて、このサイズの家族関係というものがDNA的には人が一番心地よく感じる距離感だと思います。その点で核家族化した現代の人間関係は濃すぎて、単身世帯の急激な増加もバランスを欠いた人間関係と言えます。時々誰もいない山に無性に行きたくなるのは、膨らんだ利己主義が社会の至るところで人間関係を滞らせているからなのかもしれません。

ファーストペンギンは幸せ?

ゴールデンウィークや夏休みの旅行広告を見かけるようになりました。最も印象深い旅行はサラリーマンを辞めた5年前に2週間ほど滞在したペナンです。建築雑誌に載った古いショップハウスを改装したゲストハウスを見たい衝動で出かけ、気に入った施設を見つければ予定を変更し毎晩宿を変える旅行でした。朝起きてからその日の予定を考えホテルの人にグラブを呼んでもらい出かける行きあたりばったりは旅の醍醐味かもしれません。良いホテルに泊まったとか、インスタ映えする定番の観光コースのようなステレオタイプの旅行は印象に残りません。人間の脳は予定調和を退屈と感じ記憶を消してしまうのでしょう。第二の人生を予定調和に過ごすことも避けたいところで、朝は犬と散歩をしてコーヒーを飲みながら新聞でも読み、午後は昼寝や読書といったタイムプレッシャーのない生活は悪夢かもしれません。決まった時間に起きいつもの電車で同じ面子のオフィスに行く生活が永久に続くようなものです。一方、いわゆるファーストペンギン的な冒険家遺伝子を持つ人は2割とされ、8割は世間並の生活を送る宿命なのかもしれません。

人間関係は言葉の交換?

ロックダウンした英国から昨年暮に一時帰国した娘が渡英することになり、昨日は羽田空港に送りました。昨年夏には閉店していた空港内の飲食店も開き徐々に賑わいを取り戻しつつあります。英国の大学の授業は今もオンラインで行われ、現地でないとできない用事は寮を退出して9月以降に住む家を探すことぐらいです。現地なら先生と対面で話せるメリットはありますが、娘の世代がフルタイムで留学する最後の学生になるのかもしれません。打ち合わせやセミナーがZOOMに置き換えられて久しいですがそのメリットを考えればセキュリティ以外に目立った不満は聞かれず、大学の授業の多くはオンラインで事足りるのでしょう。われわれがこれまで人間関係だと思ってきたものは単なる言葉の交換に過ぎないのかもしれません。悩みの大半は人間関係とも言われますが、心の栄養になるような人間関係を保つことは難しく、親しい間柄であっても有益な面と負の面が混在しており複雑な人間関係を抱える人ほどテロメアが短くなる傾向が知られます。コロナ禍のメリットは体に悪い人間関係を見直すことだったのかもしれません。

曖昧になる嘘の境界

4月1日に気の利いた嘘をつくという習慣はすっかりすたれた印象です。ボルツワーゲンことフォルクスワーゲンのアメリカ法人が法人名変更の虚偽説明をした一件は洒落で済みません。嘘のセンスがいまいちでマーケティング能力の無さを晒した上に日にちを間違え株価まで乱高下したとあっては事態は深刻でリスク管理能力が疑われます。ホンダが公開した「スーパーカブ製造方法」も苦笑すべき内容でした。笑いのセンスが後退した反面世論操作のための嘘は大規模かつ巧妙になったと思います。嘘の中には相手のことを思った許されるべきものもありますが、多くの嘘は自分の利益のためにつかれます。誇張や印象操作、サブリミナルなどマーケティングテクニックや交渉術の進化は嘘の境界を曖昧にすることで罪悪感をなくし嘘が巧妙化される社会を作っています。さらにはファクトチェックを語りながらプロパガンダに利用する人まで現われました。人事採用の担当者に必要なスキルは求職者の語る嘘を見抜く観察力と洞察力ですが、白昼公然と嘘が語られる現代を生きるすべての人にその能力が求められると思います。

何があっても生きて行ける

新年度が始まる桜の季節は正月や誕生日などの節目と同様に、歳を重ねることを意識します。着慣れないスーツで通勤する新社会人を見ると常に自分の鮮度を保つ必要性を感じます。ときめきや新しいチャレンジという感情によって作りだされる神経成長因子の血中濃度が高いほど寿命を延ばすことが知られます。人にエネルギーを与えるものは豪華なご褒美ではなく、ときめきを感じ挑戦を続けることだと思います。年を重ねても新しい神経細胞が生まれるので、引退など考えずにチャレンジすることが右脳の血流を活性化させ生きる力になります。しかし人生経験が長くなるほど同じパターンで生活することが心地良く感じ、新しい挑戦が面倒になり精神面から老いが始まります。ストレス反応には脅威反応とチャレンジ反応の2つがあり、前者は血管が収縮するのに対して後者はリラックスし血流量は最大で心臓血管や脳の健康状態が良好に保たれます。身体がチャレンジ反応を起こすか決定づける要素はプレッシャーに対処できるという自信の有無とされ、それは何があっても生きて行けるという覚悟と自信なのでしょう。

虚構の世界に入った自動車の楽しさ

週末に滋賀県まで往復1,000kmを運転し、寄り道をしながら半分は一般道を使いました。家族3人とラブラドールが移動するにはフィアットの1.2Lで十分です。ただ機能的に移動するわけではないので車の速さなんて気になりませんし、長距離運転の楽しさに車の大きさは関係ないと思います。持て余すほどの馬力を出す現代の高級車は日本の道ではストレスにしかなりません。自動車が楽しかったのは1980年代までだと思います。1989年に発売された日産フェアレディZの3Lツインターボエンジンの最高出力280馬力(206kW)をきっかけに1989年から2004年まで自動車の最高出力を280PSに抑える自主規制が行われました。現在では700PSを超える車も普通に公道を走りますが、無分別な馬力競争とともに自動車の楽しさは虚構の世界に入り込んだと思います。強烈な個性や独自の魅力、躍動感みなぎる楽しさならむしろ排気量の小さい車に軍配が上がります。昨今の車にワクワクしないのは、頻繁にギアチェンジして走らせる非力で軽量なホットハッチが全盛だった1980年代ほどの実在的な豊かさを感じないからでしょう。

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