どこでも寺院

会食を非難される年の瀬は、静かなと言うよりは無表情で不気味ささえ漂います。米国や日本では経済が6倍に増えても人々の感じるハピネスレベルは全く上昇しないことが知られます。6倍に積み増された経済が一体何をもたらしたのか振り返るのに、この年の瀬は適当かもしれません。幸福度の代わりに急上昇したのが、癌をはじめとした生活習慣病です。選択肢が乏しければ自分自身を見失わないで済んだのかもしれません。都市は選択し切れないほどの誘惑に溢れ、美味しいものを食べる機会が増え、限界効用逓減的にそこから得られる満足度は目減りして行きます。経験値が上がりさらなる贅沢を求めて消費を繰り返せば人体の持つ生体恒常性が限界を迎えるのは必然です。即物的なものほど受け入れられやすく経済を底上げする原動力になります。人は満たされることで満たされなくなるパラドックスに気づかないか、意図して無知を装います。関心は常に自身の外側に向けられ、世間の評価に人生を委ねます。いつでもアクセスできる幸せが日常のなかにあるなら失う不安を覚えることもなく、どこにいても寺院にいるような心の平穏を保てるのでしょう。

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