自身で錯覚させたい


体調を崩したラブラドールの世話のため家を空けることができなくなり、山に行く機会がなくなりました。普段通りに食事をしていると体は正直で、ズボンが苦しくなります。土曜日は自宅から歩ける豪徳寺、実相院、松陰神社、八幡山森巖寺を回り、日曜日は両親の墓のある築地本願寺和田堀廟所まで歩き、朝7時からの勤行に参加しました。東京を逃げ出さなくても、工夫次第で自宅から歩ける範囲で自然を感じ、マインドフルネスを感じることはできます。散歩の時は20Lのザックを背負い、途中で普段は行かない店で野菜などの買い物をするので一石二鳥です。長年の産業界の洗脳により、人はお金を払わないことに価値を感じませんが、それは錯覚です。朝の本堂で聞く読経の声やそのリズムには、1/fのゆらぎが含まれ、森にいるような清々しさに癒やされます。人は錯覚の生き物ですから、他人ではなく自分自身で錯覚させたいものです。

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