専門職ではなく分業

昨日は中学校の同窓会に行きました。数十年ぶりの再会でも、握手を交わし背中を叩き合うと、長い月日が一瞬で解凍され、昨日の延長のように会話が弾むことが同窓会の醍醐味でしょう。連絡をしてほしくない人もいるでしょうから出席者は偏ったグループですが、それでも様々な生きざまを垣間見ることができます。この年代ともなると、お腹に脂肪を蓄え、どこかやつれた感じになるのは致し方ありませんが、見た目が昔と変わらない人は現役のペースで仕事をしている印象があります。人はなるべく働く必要性から逃れようとしますが、働くこと自体が生命力を生み出す効用を、FIREを目指す人々は見落としていると思います。貨幣の歴史とともに人の仕事は専門職を極める流れが生まれました。本来は誰かのために価値を生み出し対価をもらうはずの専門職が、いつしか高度な分業に変わり、われわれは仕事に意義を見出せなくなったのかもしれません。

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