世俗を断ち切りたい?

8月は先祖の霊と向き合う季節であり、広島、長崎、御巣鷹山、終戦と続く死と向き合う季節です。死生観を持つことの大切さは、限りある人生をどう生きるべきかと考えることだと思います。金銭欲や権力欲にまみれた快楽に溺れるような生き方は、物質的な現世を全てと考える短絡思考に端を発しますが、死生観が定まらなければ心の平安を保つことはできません。現代科学は死を明らかにできていませんが、死が全ての終わりではないことを徐々に解き明かしつつあります。山に登っているときは至るところに死があります。転倒したとき、もしあそこで止まっていなければと冷や汗をかくこともあります。交通事故で死ぬ確率と登山中に死ぬ確率なら後者が圧倒的に高いはずで、身近に交通事故で亡くなった人は稀ですが、山の事故で亡くなった人なら何人も数えることができます。山の事故の多くは下りで起き、一見危なくなさそうな意外な場所に危険が潜んでいて、死を意識せず鈍感に生きることも同様に死を招くのでしょう。人生の後半に仏門に入る人が増えるのは死生観と向き合うからで、世俗的な生き方を断ち切りたいと思うのは、死と向き合うことが普通になる心境変化なのかもしれません。

Translate »