古典や漢文の授業を受けたのははるか昔のことですが、嫌いな授業で唯一ワクワクしたのは庵や草庵が出てくるような場面です。世捨て人に憧れる素地はその頃からあったのかもしれません。飛鳥時代から奈良時代にかけて、本院とは別に人里離れた山林に庵を結び修行を行う山林修行が行われていました。粗末な草庵に美的な側面を見出す「侘び」という文化的な背景は、現代よりも当時の生活の方がゆとりを確立していたことを伺わせます。室町時代、市中にありながら山住まいを思わせるような草庵風の茶室が作られるようになり、それらは市中の山居と呼ばれました。世俗と交わりを絶って不自由ながら志高く生きようとする草庵の隠者に憧れ、その思想の影響を受けたとされます。茶室は隠者の庵を理想とし、現実から隔たれた虚構の空間で遁世者として振る舞い、静寂な境致を愉しむ場とされます。簡素ながら繊細な狭小空間に自然を持ちこみ、都市との際立った対照を楽しむ知恵には現代の日本人が失った深い精神性と生活文化の豊かさを感じます。