
昨日は長野市に行き、打ち合わせまで時間があり善光寺に寄りました。あれほど大阪に行きながら大阪城を見たことがないように、善光寺の前を幾度となく通りながら足を運んだのは初めてです。四連休には賑わったであろう参道や歴史的な建造物が目を引く一級の観光地は落ち着いた風情です。なんと言っても宿坊の佇まいが素晴らしく真冬に訪れたくなります。今、宿泊施設にお金を使うとすれば自分の本音に一番近いのは宿坊です。使い切れないほどのお金でもあれば話は別ですが、予定調和でリアリティを感じない今風のホテルや旅館に確認行為のためにお金を払う気にはなりません。宗教施設である宿坊は商業施設であることを忘れさせてくれます。加えて、食べすぎは酵素やエネルギーを大量消費する一種の自傷行為ですから、抑制のきいた精進料理は免罪符として魅力的です。古今東西多くの賢人が中庸の大切さを説き、バランスをとることが人間らしい生き方であり、快楽も禁欲も偽りの輝きであるなら宿坊は自分にとっての中庸です。宗教性が高い人は低い人に比べ死亡率が2割低下して寿命が伸びるという研究があるのは、ハイパーコンシューマーリズムの中毒から逃れる効用があるからでしょう。