現代のスピリチュアリティ

観光地に人が戻り始めた四連休最終日は暖かな日差しの八ヶ岳に登りました。澄み渡る秋らしい空と雲海越しの富士山を眺めていると世間などどうでもよく感じられ、執着が洗い流されていく感覚になります。こんなとき、幸福は追い求めるものではなく足元にあることに覚醒するもので、人が生きるのにたいそうな理由など必要なく毎日を真面目に生きることだと気づかされます。物質世界の肉体として生きながら、他方で欲と執着から逃れる方法に人は救いを求めてきました。黙々と山道を歩いていると、山というご神体のなかで身体を使って心を修めた山伏修行の理由が分かります。理屈より自分の五体と五感を通して体得した感覚が心を高め、いずれ悟りに到達するのでしょう。ヨガが古代から伝わるインドの宗教的実践から発展したように、マインドフルネスが起源である原始仏教の瞑想法から宗教性を排除したように、現代のスピリチュアリティは制度化された宗教の外にあると思います。山道で出会う人の多くは単独行動で、一般人のための実践的な宗教であった修験道を、多くの人は意図することなくすでに実践しているのでしょう。

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