幸せ追求は不幸の始まり

昨日は裏丹沢の姫次(1,433m)に登りました。駐車した場所からスノートレッキングが始まり、稜線に近づくと膝近くまである新雪を踏んでのラッセルは適度な運動になりTシャツに薄いアウターだけでも体は十分に温まります。降雪の翌日は小屋番の人でさえ道を見失うほどの雪に覆われ、青空に雪化粧した木々が映えます。山にいるときは概ね幸せですが、晴れた日に柔らかな新雪をリズミカルに踏んで下るトレイルに勝る幸せはありません。これは個人的な感覚ではなく、幸せと安らぎの神経伝達物質と言われるセロトニンの合成は太陽光など高照度の光とリズミカルな運動に集中することによって活性化します。さらに副産物としてメラトニンが合成されることから睡眠を促しうつや疲労からも開放されます。人に会わないこの季節の静かな山歩きは心を落ちつかせるのに最適で早朝の静寂さと冷気もセロトニン活性に申し分ない条件です。幸せを売り物にする商品は市場に多く出回りますが、中毒性のあるドーパミン的な快楽で不安や苦痛を麻痺させるものが中心です。セロトニン、オキシトシン系のほどほどの幸せこそが本来人間に与えられた分量であり、理想の生活を目指す貪欲な幸せ追求は不幸の始まりだと思います。

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