誰もがほどほどに幸せ

多くの人が神社に行き日本的な食事をする正月は唯一日本人らしく振舞う機会です。和食や禅が世界で評価される一方、住宅から畳が消えるなど日本的な暮らしをわれわれは捨てています。自然に恵まれ共存してきた日本ほど幸せに近いライフスタイルを持つ国はないと思うのですが、日本の伝統よりアメリカ発のポジティブサイコロジーなどの流行を有難がる風潮もあります。本音と建前の使い分けや遠慮や忖度ばかりが注目され、他人の目を気にする不幸な国民という文脈で語られる日本ですが、何事にも控えめな謙虚さこそが美点でしょう。清貧の思想のように日本の幸せは控えめで決して裕福である必要はありません。高度経済成長期が1980年代に入りハイソカーブームやシーマ現象が起こり、皆で豊かになるのではなく自分だけが豊かになりたいというエゴが頭をもたげ始めた頃から日本人は謙虚さを失ったと思います。日本が世界で評価されるのはトヨタ製品のクオリティばかりでなく、嘘をつかない、約束を守る、人を見下さないといった日本人の美徳に発する信頼にあるのに、人より優位に立ちたいという卑しさが高まっているように感じます。幸福感をもたらすセロトニンの分泌量は一定量で誰の人生もほどほどの幸せという実感に落ち着くのですが、物質的豊かさに執着し消費に意味を見出そうとするほど離欲の幸せという日本の良さは失われていくと思います。

Translate »