結末の分かっている映画

昨日は用事で渋谷に行きました、とことわるほど都心はわざわざ行く場所になりました。FBの友人が関わる大規模再開発により、渋谷は高層ビルが立ち並び商業施設が続々と開業する最先端の地域に変貌しています。困ったことなのか本来の人間らしい反応なのか人混みが苦手になり、わざわざ施設を見ようという気が起こりません。あれほど好きだったホテルでさえ開業後何年も経っているのに行ったことのないところは少なくありません。自動車も旅行も洋服も食にも食指が動かないのは、結局すべては想像の範囲でこれまでと大きな違いがないからだと思います。他方で1軒の宿泊施設を見たい衝動に駆られてペナンまで行ったりする自分の内側の矛盾をうまく説明することができません。琴線に触れるものを都市に見つけることが年々難しくなっています。自然の美しさには心を動かされても人工的な構造物に感動することなど無理な話かもしれません。年末商戦で活気を見せる繁華街に立つと、結末の分かっている映画を見るようでどこか虚しさを覚えます。

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