流れ星に願いを

先日娘の高校に行ったとき、「とりあえず」と発言した生徒に、すかさず先生が「とりあえずと言うな」と正したことがとても印象に残りました。自分も何となく会社に行っていた頃は、「一応」とか「とりあえず」という言葉を使いがちでした。企業は労働力確保のために従業員を会社依存させる必要があり、飼いならされるうちにサラリーマンは主体性を奪われ、とりあえず生きるようになります。書籍や自己啓発セミナーに救いを求める段階で、すでに本質から外れていると思います。先日の講演で、流れ星が流れる瞬間とっさに3回唱えられる願い事があるか、という話を聞いたとき、そんな明確な夢を持った社会人がどれほどいるのか考えさせられました。自身お金を稼ぐことより何かを成し遂げるほうが大切だと思えるようになったのは比較的最近です。

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