空疎な人間関係を癒す言葉

昨日電車の中の二人連れが「親友が何人いるか」と話していました。親友という言葉には違和感があって、自分では親友という言葉は使いません。いくら自分が親しいと思っていても相手の思惑を確認することはできません。友達の定義すら曖昧なのに、さらに親しい友達、人によっては大親友という言葉も使います。友人関係をカテゴリー化して、ことさらに強調する必要があるのでしょうか。ぼくの友達の定義は、価値観の共有と意義深い関係性です。さらに親しければ、真夜中に電話ができる、といった条件が追加されるでしょう。親友という言葉に馴染めないのは、空疎な人間関係を癒す言葉に聞こえてしまうからです。

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