現代の山岳信仰

マインドフルネスという言葉が一般に広がる以前から瞑想に関心がありました。おそらく読んだ関連書籍は100冊を下らないでしょう。残念ながら一度たりとも瞑想の境地に至ったことはありませんでした。よほどの修行が必要な瞑想ゆえに多くの人が引きつけられるのだと思っていました。しかし、瞑想を狭くとらえる必要はなく、自分はすでに瞑想を経験していることをあるとき理解しました。

糖質制限で20kgの減量に成功したあと始めたトレイルランニングは今では自分の人生の一部です。トレイルランニングになぜこれほどまでひきつけられるのか、いつも考えています。とくに、楽しみを超えてある意味自分を追い込むレースの魅力は、おそらく瞑想の境地に至ることが理由だと思います。ぼくの場合はレース中盤の30kmぐらいの距離を超えたあと、βエンドルフィンなど脳内麻薬の影響なのか、マインドフルネスの言う「今を生きている」という感覚になります。その感覚はゴールまで持続し、それまでの辛さは直感的な心地良さとして美化されていきます。

しかし長距離レースに出なくても那須連山の山々を日々駆け降りるとき、それに近い感覚が訪れます。トレイルランニングやスカイランニングに多くの人が魅せられるのは、それが現代の山伏修行であり山岳信仰だからだと思います。

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