古民家巡りが趣味ですが、100年を超える築年数の家に入り感じるのが、日本は貧しくなったのではないかという錯覚です。現代の住宅では見ることのない大黒柱や手彫りされた太い梁を見ても、立派な神棚に床の間や欄間、襖や引手に施された手の込んだ装飾にせよ、住まいが芸術的な要素で満たされます。残念ながらそれらは朽ち果ててしまい、かつての栄華を偲ばせる生き証人でしかありません。諸行無常は世の常とは言え、松尾芭蕉が奥州平泉を訪れ詠んだ「夏草や兵どもが夢の跡」に込めた人の世の儚さを感じます。同様に杜甫の「国破れて山河あり」も栄枯盛衰へ思いをはせたように、われわれは愚かな破壊を繰り返しているだけのような気がします。住宅に新建材を入れた時から、自然との関係性が絶たれ、自然が持つ一貫性という調和した世界からはじき出されたのかもしれません。古民家は行政の力ではなく、ビジネスによって守るべきだと思います。