東京と長野県を行き来して感じるのは、東京の自宅に戻ると気分も体調も悪くなることです。体が重く、頭がぼんやりして不機嫌になるのは、暑さによる寝不足だけが原因ではなさそうです。アスファルトに覆われた住宅街は早朝から気だるく蒸し、冷涼な森の空気を吸い込み足裏の感触を味わいながらラブラドールと散歩するのとは天地の開きがあります。鬱積と気晴らしを繰り返しながら過ごす都市の、最後の必然性もコロナ以降の非接触社会では薄れて行くのかもしれません。リアルに人に会えることは都市の魅力の一つですが、他方で本当に有益な人と会う時間の何倍もそれ以外の人付き合いをするはめになります。美味しい料理を出す店や華やかな商業施設、年中開かれるイベントも、癒しも気晴らしも、都市の虚構を覆い隠す仕掛けに見えます。これは個人の趣味嗜好ではなく、人体との相性の問題だという気がします。
月: 2022年7月
産業というフレーム
昨日は上野原市で、ムクノキとしては山梨県内最大の鶴島のムクノキを見ました。Googleマップのカーナビは時々変わった道を案内してくれて、幹線国道から外れ市街地を迂回する抜け道を選びます。そのルートの近くにあったのがこの木で、車のすれ違えない裏路地にひっそりとそびえたつ推定樹齢700年の巨樹は驚くべき大きさではありませんが、偶然に導かれて期待せずに見ると感動的です。幾度かの落雷で人が入れるほどの空洞ができ、歴史を感じさせる石仏が置かれます。旅の楽しさは思いがけない出会いであり、写真で見た景色を確認しに行く予定調和な行為ではないはずです。観光地や商業施設に魅力を感じないのは、それらが何度も繰り返されてきた予測可能なものでしかなく、行く前から想像がつくからです。日々開発される宿泊施設においてもその差は微細で、むしろ産業というフレームの外にある民宿や民泊は予定調和が崩れ、新しい意味が生まれるところに魅力を感じます。
食後の余韻
暑い東京を離れこの時期は長野県にいます。食事の準備が以前は面倒でしたが、食べる回数が減り、一汁一菜で良いと割り切ってからは調理を楽しむようになりました。長野県ではキノコの種類が豊富で安いことからキノコ汁を作り、納豆とご飯で一汁一菜が完成します。これに最近始めたぬか漬けやアジの干物が加わればもはや贅沢というべき一汁三菜です。素材を生かしたシンプルな食事は飽きませんし、こうした食事をしているお坊さんは概して長生きです。丁寧にご飯を炊き、味噌汁を作り、漬物を漬ける、そして丁寧に食べることが豊かな食事であって、一口食べるなり反射的に美味しいと感じる舌と脳が直結した美味しさや、効率的に作られた料理を見境なく消費することは不自然だと思います。豊かな食事には、少量であっても心地よく満たされる食後の余韻が残ります。
半分以下のエネルギーで生きられる
夏野菜の美味しい季節になり、ついつい生野菜を食べ過ぎてしまいます。低下した消化力を回復するために1日半ほど食事を抜きました。身体は酷使しても滅多に不満を言いませんが、それは回復に十分な時間がとれる場合に限られると思います。一方で断食により胃腸を休ませると今度はスタミナ不足に陥ります。24時間断食の後に、山などで4,000kcal前後の強度の高い無補給の運動をしても問題はありませんが、2日を超える断食をするとスタミナ不足が現れます。今の食生活は一日1,000kcal前後のエネルギーを摂取していますので、これで4,000kcalを賄えるのは自分の身体がエネルギーを産生していることになります。カロリー制限と運動により活性化するオートファジーなどによって、現代栄養学が推奨するエネルギー量の半分以下で、人は生きられるのだと思います。もし現代の栄養学が正しいのであれば、肥満が社会問題化することはないのでしょう。
今こそクラウン
これまでに買った唯一の国産車は旅館用の軽トラックですが、今後買う可能性があるのはジムニーとN-VANです。これ以外にあるとすれば今月15日に発表された16代目クラウンをおいて他にはありません。日本経済の屋台骨であるトヨタが満を持して送り出したクラウン67年の歴史は「革新と挑戦」の連続で、世界的にも稀有な老舗ブランドの所以でもあります。目隠しをされて乗っても、動き出した瞬間に分かる剛性感や乗り心地、静寂性がもたらす独特の世界は、ロールスロイスと同等かそれ以上だと思います。高度成長期は大半の少年が自動車好きで、その頃の憧れは生涯消えないと思います。豊かさの象徴の中心的存在であったクラウンには、WLTCモード・リッター22.4kmという先端的な内燃焼機関こそが本当のエコであることを世界に示してほしいものです。日本国民は今こそクラウンを買って自動車産業を支えるべきでしょう。
食事は快楽や義務ではない
リーキーガットの主犯と目されるレクチンを排除する上で、ぬか漬けは重要です。玄米がネガティブリストに入るのは痛手ですが、祖先の知恵は偉大で、精米したぬかを野菜の栄養価を高めるために用いてきました。大半の野菜はぬか漬けになり、自生しているフキやワラビ、根菜類の葉なども活用できます。エリンギ、椎茸などレクチンを含まないキノコも美味しく食べられ、副々菜である漬物が主役になります。食生活が豊になる反面、食費と手間は半減し、より健康的で将来への不安もなくなります。チャック付き容器なら冷蔵庫で発酵スピードをコントロールしたり、旅先に持って行くこともでき便利です。面倒と敬遠していたぬか漬けですが、日々変化するぬか床はペットや植物と同じで、同時に栄養価の高い料理を作り、食生活を商業主義から取り戻してくれます。食事は自分の身体と対話をするためにあり、快楽や義務ではないことを思い出させてくれます。
たかが一食されど一食
最近のマイブームはぬか漬けです。買う漬物は微妙に口に合わず、他方美味しい漬物は高くて日常使いになりません。塩加減やたしぬか、漬け時間により酸味を調整できるぬか漬けは一日で漬けられます。乳酸菌が豊富で野菜のビタミンB群は5倍から10倍に増え、買う漬物に比べてコストが半減しより安全です。ご飯と味噌汁、納豆、ぬか漬けだけでこの先の人生を生きていけると考えると豊かな気分になります。一日一、二食しか食べませんので、栄養素を摂り入れる貴重な機会である食事がますます大切です。とは言えたかが一食に大金を払うつもりはありませんし、されど一食で一食たりとも無駄にしたくありませんから、ぬか床の温度や水分管理は欠かせません。美味しさの捉え方は人それぞれで、贅沢な食事が脳の喜ぶエモーショナルな美味しさに対して、ピュアな食生活がもたらす美味しさは体全体にしみ渡るマインドフルネスな感覚です。
36年ぶりのトム・クルーズ
今更ですが、まわりの評価が高いトップガンマーヴェリックを見ました。偉大な前作を超えたとは思いませんが、痛快娯楽として楽しめました。ストーリーにリアリティはないものの、この映画の本領は続編制作に36年の時が流れたことだと思います。自分にとっては主演のトム・クルーズが同世代であり、前作が公開された年に社会人になったこと以上でも以下でもありません。75歳の男性グループに20年前の時代を再現した修道院で1週間生活してもらうと、全員が積極的に身の回りのことを始め、肉体年齢や知能テストに明らかな若返りが見られたカウンター・クロックワイズ研究を思い出します。体が言うことをきかなくなるのは年のせいではなく、年を取ることに対する思い込みが原因だという研究の結論を、36年ぶりのトム・クルーズが体現していることこそこの映画の価値でしょう。
道端の草花を活けるだけ
最も簡単に幸せになる方法は道端の草花を活けることだと思います。都会でも広い公園や河原には美しい花が咲きますが、気づかないだけです。無機的な部屋はこれだけで明るくなり生命力をもらえます。花屋さんに行けば美しい花が手に入りますが、おそらく感じる幸福度は変わらないはずです。花であれ食べ物であれ、基本構造は同じでしょう。われわれはいつでも幸せになれるのに、お金で買う幸せだけが唯一の方法だと錯覚させることが市場経済の原動力です。欲望と恐怖は人を操る常套手段ですが、至るところに快楽のある生活では欲望とお金が結託した悪夢から覚めることはありません。貪欲な臓器である脳は常に快感を求め、強い習慣性があるために絶えず増量しないと快感を得られなくなります。大脳新皮質が作りだす幻想に支配される現代人は、貢献や信頼より消費や取引を重視し、常に不足と孤立から逃れられないように見えます。
自分ホーソン効果
2週間ほど食べたものを記録しています。体重は計りませんがレコーディングダイエットの要領です。小麦粉、レクチン、果物、砂糖、添加物の最小化が目標で、買っていた食品の多くがネガティブリスト入りする事態に直面し、生活の隅々にこれらが入り込んでいたことを実感します。大豆にたんぱく質を依存してきましたが、レクチンを無害化した納豆や高圧処理された大豆ミート以外は食べられなくなり、代わりにキノコ、海藻、魚を買う機会が増えました。体調や便に目立った変化はありませんが、気になるのはスタミナへの影響です。よく登る西岳山頂までの計測時間を見ると以前と変わりません。人に観察をされることで生産性が向上するホーソン効果は知られますが、食べたものを記録して自分で観察しても食生活の改善行動に効果的なのは新鮮な発見でした。