自然に適応して暮らす

妻の父の家から貰った柿は、次々熟して食べ頃を迎え、あれほどあったのに残りわずかとなりました。車を運転していると道路沿いに実をつけた柿の木が目立ち、売られる商品と遜色ない美味しい遊休資産が放置されるのは勿体無くかつ不思議です。一方で近所の公園では、人手をかけて大量の落ち葉を掃き集めゴミとして処分しています。価値のないものにコストをかけて、価値あるものを捨てる矛盾は、消費社会が都市中心に偏重した論理だからでしょう。自然の恵みと人とのつながりに目を向けず、消費のなかに幸せを追っても満たされないのは、それが感受性の問題であり、金銭の多寡とは無関係だからかもしれません。工業的に作られた大量生産の不自然な食品により、早くもナポレオンの時代にはパリでガンなどの文明病が発症します。自然界に適応した生理機能を持つ人体が、都市化された人工環境下に暮らすことを見直す時期に来ている気がします。

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