生きたかった未来

昨日は九州に来る最大の目的であった知覧特攻平和会館に行きました。鹿児島県にはなぜか縁がなくて訪れるのは高校生以来です。印象的なのは死を目前とした遺書の字の美しさです。達観の境地がそうさせるのか今なら高校生か大学生の年頃なのにどの遺影の写真も落ち着き払って見えます。展示物について多少の知識はありましたが、それでも自然と涙が流れます。心無い平和活動家は戦争賛美と言いますが、若い彼らが生きたかった未来を生きるすべての日本人が見るべき場所だと思います。特攻作戦を美化したり肯定すべきではありませんが、福島の原発事故でも国難を救ったのは無責任な指導者ではなく捨て身で対処した最前線の人たちです。平和が当たり前になると無事に生きられることに感謝をすることもなくなり、自分の幸福ばかりを追求します。戦争が異常であるなら、歯止めのない我欲と堕落に満ちた今の風潮も異常でしょう。

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