終わらない戦後

村としては人口日本一の読谷村にあるシムクガマとチビチリガマを見ました。二つのガマには川が流れ込み、谷底のように深く地面が削られます。1945年4月1日に米軍が上陸した読谷村の同じ波平の集落にありながら500メートルほどしか離れていないこの2つのガマでは住民の運命が分かれました。シムクガマは総延長2,570メートルの天然の鍾乳洞で、ハワイから帰国した2人の村民がいたために米軍に投降し、避難していた1,000人の大半が助かったと言います。一方のチビチリガマでは集団自決により避難していた約140人のうち84名の犠牲者を出しました。チビチリガマは遺族会によって立ち入りを禁じられており、入口にはたくさんの千羽鶴がかけられます。住民が戦闘に巻き込まれた沖縄では、いまだに戦争が終わっていないことを感じます。国民の思考力を奪う情報統制は今も変わらず、むしろ巧妙になりました。惨劇を前に軽々に発言すべきではありませんが、他人に思考をゆだねることは生殺与奪を奪われることと同義なのでしょう。

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