日の出時間は日々遅くなり始めていますが、それでも4時前に薄明かりのなか青空を見ることができます。何層もの雲に紅をさす光景はアスファルトで埋め尽くされた都会で自然を感じる数少ない機会です。日の出前の神社の森に行き、蝉が鳴き始めるのを聞くと遠い夏の日が蘇ります。それは小学校時代の夏休みであったり、伊豆や日光など特定の場所であったりしますが、いつもどこか切ない感情を伴います。蝉の地上での命がはかないように、夏が激しく過ぎ行く季節だからでしょう。はかなさを感じるもうひとつの理由は、華やかな人生の頂点を夏と重ね合わせるからだと思います。本質と違う生き方は虚しさやはかなさを伴います。人は何も持たずに世を去るように持ち物の多寡を競う野望や刹那的快楽を味わい尽くす執念が本質でないことは明らかです。同様に戻ることのできない過去を後悔し、これから作り出せる未来に不安を覚えることも本質から離れた考えでしょう。今この瞬間こそが唯一自分の帰るべき場所というシンプルな事実に気づくだけで人生は楽になります。