雨が降る日は甲子高原で暮らした頃を思い出します。旅館のなかで一番眺めが良い場所にある温泉浴場から新緑に降り注ぐ雨を眺めるのが好きで、旅館を買う前に何度か訪れたときはいつも快晴だったために、源流地域は降雨量が多いことを意味することに住んでみて気づきました。もちろん楽しい思い出ばかりではなくそれなりの苦労もあったのですが、辛いこともなぜか美化されて時が過ぎると良い思い出に変わります。心労から5日間何も食べられないこともありましたが、それも含めて刺激的な日々は生きていることを実感させてくれます。嗅覚は人の記憶とダイレクトにつながっていると言われますが、同様に雨音を聞くとあの頃の思い出と直接結びつきます。福島では傘を差した記憶があまりなく、景色を色鮮やかに洗い直す雨には濡れる楽しさがあると思います。世界一貧しい大統領のホセ・ムヒカは長年投獄された刑務所を出て雨の中を散歩したとき、しずくが顔を伝わり口に入り舌に触れた瞬間に生きていることの幸せを感じたと述懐します。現代人は感受性を失っただけで、充実した人生の証はそこかしこにあるのでしょう。