昨日は、予約が取りにくい国民宿舎としてかつては知られた伊豆まつざき荘に宿泊しました。自分一人なら半額ほどの値段で料理の評価が高い民宿を選びますが、そう頻繁にあるわけではない家族との旅行になると外さない選択が優先されます。薄い布団や接続が面倒なWi-Fi、一本しかない鍵など、明らかな不満はないが気も利かない印象で、それは松崎町が運営する公共の宿だからではなく、積極的に行く理由が見つからないことは日本の宿泊施設が抱える課題だと思います。どこに行っても予定調和で何が起こるか想像できることは市場の旅行経験が浅い時代には利点でした。急増した観光需要を満たすには、大量生産によるある種公共サービス的な施設の供給は必然で、最大公約数の無難な商品を、作り手も買い手も歓迎した結果、宿泊産業は日本固有種として形成されたのでしょう。今やエキゾティシズムさえ感じる近代的な旅館という一つの世界観の形成は、外したくないという日本人独特の心配性が温泉、食事、設備の三点セットを信仰の対象にしたことに起因するのかもしれません。