都市生活は通過儀礼

昨日は久しぶりに都心に出かけ、以前の職場に近いホテルオークラに行きました。かつての本館と南館の意匠と雰囲気を忠実に踏襲したロビー以外に見るべきものはなく、年々都市不感症になっていく自分にとっては何の感慨もありません。都市に魅力を感じないのは路面店に空き家とテナント募集の張り紙が目立つからだけではないと思います。ストレッチされたファントムやマクラーレンを見ても同じで、あれほど熱中したホテルや車も魅力を伝えません。都市の消費はハロウィンの仮装パーティーのようなもので、本来の自分の内面とは無関係なものを身にまとう割り切ったゲームです。高額な消費をしなければ贅沢な暮らしができないと思い込んでいる消費者は集金装置である都市にとって好都合です。都市生活は人間として成熟する際の通過儀礼かもしれませんが、留まり続ける場所ではないと思います。Go To Eatキャンペーンを悪用したトリキの錬金術や無限くら寿司が起きる背景と同じで、消費にこそ意味を見出す貧しさの裏返しだと思います。時間とお金の浪費で得た感情の高まりが一瞬で蒸発するヘドニック・トレッドミルなのでしょう。

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