暑い日が続きますが、山はすでに秋の風が吹いています。自然に身を置くと人生の評価軸が変わります。世間では都会的な人生の評価軸が優先されてお金で買う産業的な幸せが重視されます。幸せという言葉は儲けるための軽薄なプロモーションツールになり、論じられた瞬間に胡散臭く見えます。一人ひとりが本音の心地よさを優先して暮せばよいだけのことで、本質はシンプルで感じたことがその答えです。幸せになれるという発想やノウハウは不健全で、幸せを意識するほど執着が強くなると思います。幸せを論じる前提は今に満足をしない状態ですから、モア&モアの罠に自分からかかることになります。人生には壮大な目標が必要だと錯覚するように、より幸せな暮らしという幻想は人々にさらに多くの欲望と商品を押し付けるのに好都合です。幸せの追求は理にかなっているように見えますが、食の快楽が高血糖とインスリン抵抗性を引き起こし2型糖尿病になるように、幸せに対する感受性を低下させるだけだと思います。本気で取り組むべきはポジティブサイコロジー以前の心理学がそうであったように不幸をなくすことでしょう。