
昨日は母の一周忌法要でした。母の写真を前に読経に耳を澄ますと、祖先や人の生涯について考えます。女性が自転車に乗ることさえ許されなかった昭和初期に育った母は、専業主婦として常に家族を優先し、自分のことは後回しにしてきました。母に何を返すことができたのか考えると、思い浮かぶのは反抗した記憶ばかりです。家族を支えることが生きる目的であった人生が幸せだったのか、確かめる術はありませんが、母なりに自分の役割を生き抜いたことは間違いありません。スティーブ・ジョブズの「もし今日が人生最後の日だとしたら・・」という言葉を思い出します。その境地には程遠いものの、この数年のモラトリアムを経て、死ぬまでに成し遂げたいことの輪郭が少し見えてきた気がします。高齢社会の課題は医療費や介護費ではなく、役割と目的の喪失のような気がします。