「儲」と言う字を信者と書くように、宗教の経済的側面はビジネスであり、営利企業との境界はないと思います。営利企業への一定数のアレルギーがあるように、とくにオウム真理教以降の新興宗教に対しては強い批判が見られます。ベンチャー型宗教の雄であった幸福の科学の大川隆法氏の死去により、カリスマの残した教えは手を変え品を変え、これからも商品化されていくのでしょう。企業や宗教が、教祖を神格化、形式化する構造は同じで、一部は私利私欲の利権共同体へと堕落していきます。脅しや誇張によりモノを売りつける所も同じで、後者の場合は死生観、終末論、予言、霊言を重視します。「新興宗教など理解できない」という人でさえ、自分が特定企業の信者もしくは中毒患者にされていることは見落とします。企業にせよ宗教にせよ、参考意見に過ぎない主張を真に受けるフォロワーこそが問題なのかもしれません。