都市の憂鬱

飲食店に行くのは仕事の関係か昨日のように家族や友人と会うときぐらいで、食べることを目的に外食をする機会はほとんどありません。以前は人並みに外食し、旅行に行き、車を買いましたが、年々その意欲を失っています。消費者は存在しない効用を勝手に期待してモノを買っていると思います。その幻想から覚めぬように企業は夢を見させて消費者の欲望を引き出します。フェラーリを運転すればその官能に満ちた世界が日頃のうさが晴らしてくれるとか、キャンピングカーがあれば生活が非日常に変わり旅行が日常化するとか、4WDがあればどんな雪道でも走れる的な幻想を抱かせます。しかし実際にはそれほど刺激的でも楽しくも走破性もなく、頭のなかで膨らませた理想と実際の消費経験は異なります。自分の選択を正当化したい消費者はその乖離を問題にしませんが、旅行や食事も終わってみれば最初の期待は消え、体と財布への負担だけが残ります。自然に囲まれて暮らすと欲望が薄れていきます。刹那的消費が世間にあふれるのは、自然の恩恵を受けられない都市の憂鬱を晴らすために手軽な夢を見たい消費者と、多く売りたい事業者の利害が一致するからだと思います。都市が労働力を確保するために消費というアメが必要なのでしょう。

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