必要のない幻想を売る必然

読書やスポーツが趣味ですが、以前は旅行、ドライブ、ホテルめぐりが加わっていました。今でも旅行を楽しみますが、写真のなかの思い出にしか残らない虚しさを感じ、仕事や用事の必然がない旅に出なくなりました。昔の旅は行商や巡礼、湯治などに限られていたはずです。19世紀以降に普及した楽しみとしての旅は今後衰退し、一方で学ぶための旅や働く手段としての旅、転地を伴うリトリートは増えると思います。ドライブも同様で以前は楽しみのために車を走らせましたが、今は必然的な移動を車で楽しむようになりました。ホテルめぐりも同様で、バーチャルな世界と割り切って楽しむ消費から関心が遠のきました。高級と言われる商材は、消費者が本当の顔を隠し仮面をつけてゲームとして楽しむものだと思います。高級という概念が本格的に商業化されたのは産業資本家がかつての支配階層の生活様式を模倣したことに始まり、消費者は自尊心を満たすフィクションを欲しがり、一方で事業者は買う必要のない幻想を売る必然があり両者のニーズが合致したのだと思います。

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