贅沢な田舎暮らし

今朝の新甲子温泉は穏やかな秋晴れです。

贅沢とは何かをよく考えます。本来の意味は、「必要とする以上の分に過ぎた消費」を指す言葉で、有り余るお金を意味したのでしょうが、それは都会の話だと思います。田舎暮らしにおける贅沢はそうした財貨の尺度とは異なり、都会で手に入れることができない希少な経験だと思います。

たとえば都心ではいくらお金を出しても隣の人家が見えない住宅を持つことはできませんが、ここ西郷村なら望めば誰でもそうした家を手に入れることができます。宿から遊歩道を5分下った阿武隈源流にイスとお茶を持って行くとそこは自分だけの最高のカフェになります。より本音に近いところで自分の満足点を探すと、都市論理の消費社会はいびつなものに見えます。

週末ごとに自然のもとに出かけて休息のし過ぎと移動で疲れてマンデーブルーなど、かえって体調を崩すことを考えると、自分の生活をミニマルにして田舎で暮らす選択肢はむしろ現実的に思えます。

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