
写真を撮られるのが、実はあまり好きではありません。どの写真も表情が硬く、そこに写っているのは自分ではない気がするからです。しかし、例外はパセリとの自撮りです。パセリの隣にいる自分は素のままでいられて表情も自然です。パセリは自然体でいられる数少ない相手だったのだと思います。人は安全だと感じる相手の前では、自分を演じる必要がなくなります。表情筋が自然に動き、作り笑いではない笑顔になります。Facebookにもパセリとの写真が多いのは、犬好きに見られたいという対外的な欲求だけではなく、「パセリと生きている自分こそ本来の自分」という認識の現れだと思うのです。無意識に選んだ写真は、見る人へのメッセージであると同時に、自分を映す鏡でもあります。パセリは自分のアイデンティティの一部を形成し、パセリの隣にいる自分こそ、偽る必要のない素の自分だった気がします。