穢れた英雄

日産自動車元会長のカルロス・ゴーン氏に対しレバノンの裁判所は、2019年の逃亡以来居住する29億の豪邸から退去するよう命じました。日経新聞の私の履歴書は、ビジネスジェットの機内の描写から始まりました。何年か後に日本に到着したビジネスジェットで逮捕されるとは、想像もしなかったでしょう。ミシュランからルノー、日産の再生へと華々しく活躍した前半生に対して、今はヒズボラが支配する戦時下とも言えるベイルートで、家からも追い出されようとしています。グローバルスタンダードの経営がもてはやされた日本で、日産を再建してくれた聞き慣れぬ名の英雄に、日本中が熱狂しました。しかし日本人が彼に対して一斉に手のひら返しをしたのは、煌びやかな社交界の眩さの背景にある金への執着に、穢らわしさを感じたからかもしれません。彼が日本人に違和感を覚えるとすれば、金銭的な不浄を忌まわしく感じる、古来より続く観念体系でしょう。

人間関係を築くものは手間暇

週末は遠方の親戚が家に来ました。自宅なら気兼ねなく話ができ、家もきれいになり好都合です。以前であればケーキなどを買うことが多かったのですが、今やケーキの値段は気の利いた店なら7、800円する時代で、おいそれと買うことには抵抗感があります。一方で自家製のケーキやデザートなら、普段より上質な乳製品などを使っても、安い食材原価で作ることができ、かつもてなしをしているという印象も残ります。先日南会津町に草刈りに行った後、近所の家で郷土料理のばんでえ餅(板台餅)をご馳走になりました。固く炊いたうるち米の餅に、ネギの入った自家製の甘味噌を乗せる素朴な郷土料理ですが、後を引く美味しさで、手間のかかった家庭料理は印象に残ります。われわれは時間を惜しむあまり、全てをお金で解決しようとしてきましたが、人間関係を築くものは相手のために手間暇かける行為のような気がします。

天に任せるしかない

先月国税庁が発表した民間給与実態統計調査によると、年収1,000万円に達する個人が昨年は過去最多となりました。これは給与所得者数の5.4%にあたりますが、1,000万円以上の世帯の割合は一昨年で12.4%になり、アジア通貨危機前の1996年の18.9%より減少しています。1,000万円超の個人が増える理由は、女性や高齢者により就業者数が押し上げられているからです。しかし、年収1,000万円は所詮、相対的なものでしかないと思います。健康保険や厚生年金保険料の上昇、介護保険の開始などにより、可処分所得は減っていますし、住宅事情の良い地方と東京では1,000万は同じ価値ではありません。経費が使える立場なら年収にはさほどの意味はないでしょう。米国では7万ドルがひとつの目安とされますが、1,000万円で満たされない人はそれ以上稼いでも結局同じです。他方で、今の生活に満たされるなら金額は気にならなくなり、年収は結果だから天に任せるしかないのでしょう。

予定不調和の人生

昨日は最初に入った会社の同期会がありました。ハロウィンが近い渋谷の街は厳戒態勢ですが、そもそも夜の渋谷に来ること自体、思い出せないぐらい久しぶりです。退職をしてから四半世紀が過ぎますが、自分のように無計画に生きて来た人間とは違い、大半はそのまま会社に残り、今も現役で活躍し、半分近い人は二次会から参加します。何を血迷ったかあの時転職をしていなければ、どんな人生を送っていたかは想像がついてもイメージできません。過労から2週間入院することも、糖質制限で25kg体重が落ちることも、50を過ぎてから運動を始めることもなかったはずで、ましてや旅館を買うことも、古民家を買ってサウナを始めることもなかったことでしょう。一つしか人生を生きられない以上、今来た道がベストだと信じるしかありませんので、予定不調和の人生こそが自分らしいと思うようにします。

兆候と過信は同時にやってくる

1955年5月29日に起きた白河高校山岳部の遭難事故を扱った小説「疲労凍死」を読みました。今月のはじめには、同じ山域の栃木県側にある朝日岳で、4人が低体温症で死亡する山岳事故が起きました。福島県と栃木県にまたがる裏那須と呼ばれるルートを、旅館にいた頃はよく登り、地元の白河高校の生徒にとっては庭のような場所だと思います。東北の山は標高が低い割に気候が厳しく、多くの人が亡くなった坊主沼は例年にはないことですが、初夏にも関わらず凍っていたと言います。遭難の多くは道迷いによるものですが、残雪期はルートを見失いやすく、遭難現場のあたりで、気が付けば周囲を背丈ほどの藪に囲まれ、方向感覚を失ったことがあります。68年前の事故の20日前には、同じルートをたどっていた都立小松川高校の生徒と卒業生が遭難したばかりでしたが、兆候と過信は同時にやってくるものなのかもしれません。

走るからモチベーションが上がる?

人の仕事を観察すると、こちらまで清々しい気持ちになる時があります。代表例は毎朝のように見かけるゴミの清掃員で、例外なく走って収集をしています。モチベーションを計る指標の一つは作業スピードの速さで、同じ宅配便でもヤマト、佐川、JPは動作のスピードが違います。ゴミ収集はスポーツ選手がトレーニング代りに行っている場合があり、またチーム制のため、一定時間内に仕事を終えるのに走らざるを得ないのでしょうが、休みなく働く姿はアスリートです。カラスが荒らした集積場所を整え、違反ゴミにシールを貼るなどきめ細かな仕事は、高いモチベーションなしにはできません。モチベーションが高いから走るのか、走るからモチベーションが上がるのか分かりませんが、人はある程度追い詰められて仕事をした方が幸せな気がします。

人と自然の共生の象徴

最近の関心は古民家で、地方都市に行くと旧市街を歩きます。古い建築でもレプリカと呼ぶべきものや、きれいにし過ぎたものとは関係性が築きにくく何も訴えてきません。古民家の魅力は過去へといざなう土地の記憶が今も刻み込まれていることです。古民家に明確な定義はありませんが、主に大正時代以前の伝統工法で建てられた家を指す場合が多いようです。古民家は150万あると言われますが、今でも地方に行けばまだ目にする機会があります。一方で、木材がマシンカットされる以前の、明治期より古い民家は、地域の衰退とともにその姿を消しています。産業革命以前のように、土地の気候風土や採れる木材、地場の職人を通じて建てることは二度とできません。粗製乱造の現代住宅とは異なり、代々何百年にも渡り住み続けることができる古民家こそ、人と自然の共生の象徴に見えます。

買い出しの車旅

地方に車で出かける魅力は買い出しです。観光地や名所旧跡には行かず、一方でローカルスーパーや直売所、道の駅はなるべくのぞきます。持ち運びを気にせず、その土地の農産物や海産物を買えることは、大きな喜びでしょう。もうひとつのメリットは、グーグルマップで見つける二級、三級の埋もれた観光地や飲食店に立ち寄れることです。観光ガイドに載ることのない史跡や店舗は事前情報が乏しく、予定調和の観光とは異なり、その場で何かを感じる想定外の刺激が新鮮です。また、公共交通ではアクセスが困難な、眺望などが素晴らしい店に行けることも魅力の一つです。週末に行った松山なら、瀬戸内海を望む海沿いのカフェやレストランは、東京周辺にあれば人が殺到するでしょうが、店はガラガラで価格は良心的です。一方で人影の消えた旧市街の衰退を見ると、地方が豊かだった時代の建造物が消え去るのを待たず、有効に活用したいものです。

早寝早起きは夜型?

早寝早起きの朝型生活は健康の要ですが、度を過ぎれば夜型になります。早起きが進み、0時や1時に起きてしまうことが最近の悩みで、もはや夜型と言えます。寝つきが良く、悪いことに目覚めも良いために、そのまま起きてしまいます。ショートスリーパーになりたかった時期もありますが、健康第一の今は短眠をなるべく避けたいところです。時々役に立つこともあって、週末松山から東京に戻るときは深夜1時前に出発したため、上り線の渋滞を後目に東京の自宅には朝の9時過ぎに到着しました。夜中の高速道路は刺激的で、多くの区間が120km/h制限になった新東名での事故は増えていないようですが、ドイツ製高級車が200km/h近いスピードで疾走するのを見るとバブル景気の頃を彷彿とさせます。高級車が悪いわけではありませんが、物質的な豊かさに目を奪われると、他の車に気を配る余裕や思いやりがなくなり、心は貧しくなるのでしょう。

押しつぶされた伊豆半島

昨日は佐多岬半島に行きました。四国の最西端にある半島は、リアス式海岸で良港に恵まれ、その背後には急峻な山地が迫り、植生も含めて南伊豆あたりを思わせます。全長約50km、最大幅6.2km、最小幅800mというほとんど平地のない、日本一長く細い半島は風が強く、風力発電の巨大な風車が林立しています。みかんの生産量ではトップの座を和歌山県に譲った愛媛県ですが、柑橘類の合計では今も日本一の座を守り、急峻な山地の至る場所に作業用モノレールが設置されています。道の駅などで売られるみかんはおおよそ東京の半額で、詰め放題500円のみかんは、東京なら安い店でも1,000円以上はします。細いことと変わった名前以外に知名度が高くない佐多岬半島ですが、両側に海を望む独特の眺望や美しい海、海産物や柑橘類に加え、明治期の産業遺構が残るなど、一級観光地の資格は十分にあると思います。

Translate »