日曜日に八ヶ岳に登り、腿まで沈む雪を踏み分けて稜線を進んだためか、久しぶりに筋肉痛が戻ってきました。考えてみると1ヶ月以上身体を動かしていません。コロナ禍一年目の2020年は早朝の西岳(2,398m)に42回登ったのは東京を離れる時間が長かったからです。昨年は12回しか?登っていないのは結局東京中心の生活に戻ったからです。生活が日常を取り戻すことは喜ぶべきですが、やればできるリモートワークも馴染みの働き方に戻るのかもしれません。フェイスブックを見ると、あの人もこの人も都市を離れる移住ブームが起きていると錯覚しますが、頂いた年賀状を見ると地方に拠点を移したという人はほぼ皆無です。自分のまわりの人を乱暴に分類すると都会の生活を続ける人が90%、複数拠点生活をする人が5%、たまには都心に出られる郊外居住を含み拠点を移す人が5%という感覚です。仮に1割が都市信仰に見切りをつけるにしてもこれは令和の民族大移動ですし、潜在層はさらに多いと思います。現代人が受ける最大の恩恵が第二、第三の人生をやり直せることなら、この比率はさらに上がって行くのでしょう。
年: 2022年
気にせず、依存せず、自分でする
昨日は妻の実家に行きました。今年90歳になる義父は30数年前に結婚の挨拶に行ったときとさして印象が変わらず、高齢者という言葉があてはまりません。妻に先立たれた男性は短命であることが知られますが、13年前に義母が亡くなったあとも、人に依存せず何でも自分で行います。今でもお酒を楽しみ、以前は喫煙もしており健康のためにストイックな生活をするわけでもありません。昨日出された調味料は賞味期限を7年も過ぎているぐらいですから、細かいことを気にせず、誰にも依存せず、何でも自分ですることが健康な生活を送る秘訣かもしれません。天然で鷹揚で素のままに生きる父を見ていると、検診結果に一喜一憂するのも、健康に良いか悪いかで全てを判断するのも、アンチエイジングのための出費を惜しまないのも、全てが不健康な執着に見えます。人の手を煩わすことが一切なく、子供にとっては理想の父ですが、「もう年だから」などと弱音を吐けば、その依存心が自らの自由と生命力を奪うことになります。新年は誰しも年を一つ重ねることを意識しますが、父の生き方を見習い、精神的老化を防ぐ挑戦の一年にしたいと思います。
幸福のための執着と稼ぐための執着
昨日は八ヶ岳南端の西岳から青年小屋まで往復しました。この時期としては多い積雪のためスノートレッキングにはこの上ないコンディションです。森の冷気と霊気を感じながら山を下るスノーランがもたらす幸福感に勝るものありません。自然のなかで過ごせば無条件に幸せですが、一方で商業的サービスがもたらす幸福はいつも条件付きで欲望や執着がつきまとう気がします。稜線に上がると肌を刺すような風が襲いますが、下山後に冷え切った身体を湯船に沈める幸福感を得るにはさしてお金はかかりません。お金は身の丈の生活の範囲に使うものであって、華美な洗練や快適さ、安楽を買えばそこから執着が芽生えるのでしょう。幸せを商業化する技術は年々巧妙化しますが、幸せは外部に求めるものではなく自分の内側に見つけるものだと思います。本来の自由とはモノからの自由を意味したはずですが、大半の人は消費する自由を求めます。際限ない消費を求めた結果、効率よく稼ぐ必要が生じ、時間節約のためお金を払いそこにも執着が芽生えます。幸福のための執着と稼ぐための執着を手放すことなしに幸福に近づく道はないのでしょう。
疎開のうねり
例年この時期は宿泊客で賑わいどの駐車場も満車で入れないリゾートに行ってみると閑散としています。年末商戦たけなわの商店も意外に混雑していませんでした。昨年末に夜の都心を歩いたときも、行列のできる店とガラガラの店のコントラストが鮮明でバブル崩壊後に見た景色を思い出し、残酷な優勝劣敗が再び始まる予兆に見えます。海外ではスタグフレーションを危惧する声も聞かれ、2022年を明るく見通す材料が少ない印象です。後世の歴史家はコロナ禍のこの2年を、都市信仰が衰退期に入る転換点と評価するかもしれません。現代の都市の本質とは、幸せを金で買う場所であり、そこで買えるモノは他人軸の満足でしょう。他方で本当に貴重な健康も長寿も金では買えず、世界の長寿地帯であるブルーゾーンはいずれも医療施設の少ない自然豊かな場所です。われわれが時代の転換に遭遇しているのなら、過去の延長に夢を描くことはできず、新たな生き方を模索することになります。先月参加した富士山ヘルスツーリズムで聞いた、リスクの高い都市から離れる「疎開」というコンセプトはいずれ時代を転換させるうねりを起こし始めていると思います。
心穏やかな内省の時間
皆さま、あけましておめでとうございます。この2、30年はテレビのない年越しで、紅白ともゆく年くる年とも無縁の普段と変わらぬ生活です。あらゆる手段で浸透して来るメディアの雑音が年々不快になります。テレビを低俗にしたのは漫然と見続ける自己管理ができない視聴者でしょう。人生を難しく厄介にするのは欲望と執着や不安を生み出す様々な雑音であり、どこまで行っても満たされない虚しさの正体は無意味な付加価値だと思います。なくても困らないモノばかり人々は欲しがりやがて無自覚になります。氷点下12度の諏訪大社への初詣は新年のはじめに心を整える区切りになります。三種の神器の一つである鏡は参拝者に向けられ、自分を見つめることから人と神と自然が一体化した日本独特の美しさを創り出してきたのでしょう。古来より山を神霊の宿る聖地として崇め大切に扱ってきた自然信仰の形態を神社は今に伝える場所だと思います。欲望こそが経済を活性化させ社会を進展させると人々は考えましたが、本当の豊かさは祈が積み重なった神社空間のエネルギーがもたらす気がします。心穏やかな内省の時間を増やし離欲の一年にしたいものです。