1955年5月29日に起きた白河高校山岳部の遭難事故を扱った小説「疲労凍死」を読みました。今月のはじめには、同じ山域の栃木県側にある朝日岳で、4人が低体温症で死亡する山岳事故が起きました。福島県と栃木県にまたがる裏那須と呼ばれるルートを、旅館にいた頃はよく登り、地元の白河高校の生徒にとっては庭のような場所だと思います。東北の山は標高が低い割に気候が厳しく、多くの人が亡くなった坊主沼は例年にはないことですが、初夏にも関わらず凍っていたと言います。遭難の多くは道迷いによるものですが、残雪期はルートを見失いやすく、遭難現場のあたりで、気が付けば周囲を背丈ほどの藪に囲まれ、方向感覚を失ったことがあります。68年前の事故の20日前には、同じルートをたどっていた都立小松川高校の生徒と卒業生が遭難したばかりでしたが、兆候と過信は同時にやってくるものなのかもしれません。