人の気分なんて簡単に変わるもので、他人の一言で気分を害することもあれば、ほんの小さな出来事で一日が幸せになることもあります。昨日の朝も車を運転中に、先代のフィアットパンダと交差点ですれ違っただけなのに、そんな些細な出来事一つで幸せモードに入ります。不可解なのが、ムルティプラをはじめ、醜いデザインを作らせたら右に出るメーカーのないフィアットにあって、史上最凶の駄作で買う人の気が知れないと思っていた二代目パンダだからです。どうしたことか、それがとても幸せそうに見えるのです。ジウジアーロの代表作である初代の跡取りとはとても思えないデザインの悲惨さが、訳知り顔で重箱の隅をつつく総評論家時代の消費社会に疲れた人間から見ると、こだわりや執着が無く、完璧とは無縁の存在ゆえに、肩ひじ張らずに乗れる自然で幸せな関係に見えるのかもしれません。