理想的なバランスで必須アミノ酸を得られる赤飯を炊く機会が増えました。小豆は、酵素を阻害する植物性ストレスホルモンのアブシシン酸を除去するために前の晩に水に浸けます。翌朝には小豆が膨らみ発芽しようとしているのが分かります。動物であれ植物であれ、食事をすることは命を奪うことを感じます。香港でもマカオでも市場に行くと生きた動物とその処理を目の当たりにしますが、日本では命を奪う屠殺が人目に触れることは稀です。それゆえわれわれは食べることに罪悪感を持つことなく気軽に食事にアクセスし、贅沢を善と考えます。人間の愚かな特性は手段が目的化することだと思います。生きるために食べるはずが、食べるために生きるようになります。時代の風潮に流されて、地位財を手にすれば幸せになれると錯覚することも同じで、結局は心身を蝕む生き方でしょう。人が生きること自体が他の生存を脅かすことであり、持続可能性などと綺麗事を言う事にも抵抗を感じます。誰にでも免罪符が必要な現代において唯一できることは、なるべく他の命を奪うことなく暮らすことでしょう。