物質的贅沢は本音にあらず

連休中は長野県にいて夕方はヒグラシの鳴く森をラブラドールと散歩し、夜は上空を頻繁に横切る人工衛星を眺めているだけで満たされます。常に何かを欲しがることは貧しさであり、人はすでに持っているもので贅沢に暮らすことができると思います。新型ウィルスの蔓延により三密回避の郊外や地方での居住がにわかに注目されます。以前経済産業省が行った定量分析によると、鳥取県倉吉市の年収500万円に相当する生活を東京で行うと1,100万稼ぐ必要があるとの試算が出されました。福島県で暮らしていた頃は食材の大半は半径30km圏で手に入り最盛期の野菜の価格は東京の4分の1で新鮮です。自然に親しむためのレジャー費用はほぼ不要になり、お金を使う誘惑が少なく、温泉が身近にあり、図書館はいつでも本を借りられ、何より満員電車の耐え難い苦痛がありません。今やインターネットさえ繋がれば仕事も娯楽も買い物も地域間格差を感じずに済みます。結局のところ都会的で物質的な贅沢は誰かに認めてもらいたい他人軸の満足であって自分の本音ではないと思います。

Translate »